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カテゴリ:落雷疾風記
僕達は素早く身を潜めた。その人は見た目は別人だが、面影はヴァンスと似ている。そもそもデーモンという血統種族は物や人に入り込むことができるので、この光景は常識に過ぎぬことであろう。群青(ぐんじょう)色だったローブは真っ赤な肩当て付きの黒いマントに変わり、少し背が高くなっている。髪は地毛の紫色だが、左耳にかかっている髪は暗い黄色になっている。
ヴァンスに似たその人は左手を渓谷の方に向け、どうやら精霊を集めているようだ。僕達はその人に近づくことを試みた。 そろりそろりと陰から抜け出し、彼に近づいた。 「あの~・・・・・・あなたはここで何をされているんですか?」 その人は左手を静かに下ろし、その手に握っていた精霊石をポケットに入れ、僕達の方を見た。 「・・・・・・君達は・・・・・・『妖精』を知っているか・・・・・・?」 えっ、と言わんばかりに僕達はどよめいた。 「・・・・・・。」 その後ずっと黙り続け、僕達に背を向けて立ち去った。呼び止めようとしたが、無意味だと分かっていた。 「おやまぁ。命と言う誕生日プレゼントでも持ってきてくれたのか?小僧。」 フッと気が付くと後ろにヴァンスがスッと立っていた。僕達は素早くヴァンスとの距離をとり、精霊を召喚。僕は右手にウィークルを構え、左手にCMファングを『覚醒装着』した。 『覚醒装着』とは、精霊石が埋め込んである装備には、そのままではその武器の長所を十分に発揮できないのだが、一度その武器に精霊を入れてやると、その武器が覚醒し、本来の姿に目覚める。ちなみにCMファングの武器属性は『幻』という特殊な属性なので、今のところヴァルスィンしか覚醒することができない。しかも、その武器の属性に合った精霊を入れて覚醒しないと、本来の力を出すことはできないのが、『覚醒武器』の欠点である。 「ヴァンス殿、あなたは変わりましたな。というより、あの時の体では動けないのでは?」 ヴァンスはせせら笑いをすると、懐(ふところ)から剣銃を取り出した。 「クローヴィス君・・・・・・この武器の面影を見たことはないか・・・・・・?」 ジンが目を凝(こ)らして見ると、ジンの顔つきが一転した。 「おいお前、その銃、『クローヴィス』から引っ手繰った(ひったくった)物だろ。」 その言葉を耳にしたとき、僕はハッと思い出した。ジンから僕への誕生日プレゼントに、『翼の剣』をくれたのだが、それをヴァンスに預けたままだった。 「・・・・・・おかげで言った通りの物ができたよ。『剣を銃にする』事をな・・・・・・。」 僕達は人数的には勝てると思ったが、その変わり果てた翼の剣は、自分達の武器よりも遥かに丈夫そうだったし、威力も有りそうであった。 「さて・・・・・・そろそろ謝肉祭を始めようか。」 ジャキッという銃を構える音は渓谷中に響き渡り、その武器は暗めの緑色に鈍く光る。どうやらラールが憑(つ)いているらしい。 僕達は自分達の身が危ないことを知り、防御魔法を唱えるだけ唱えた。 「・・・・・・我らに磁力の加護を。『ゾートファミリム』!」 という魔法文をガウセルが唱えた瞬間に、ヴァンスの放った弾丸が自分の所に牙を向けてきた。しかし、その魔法は強力な磁波で、なんとかその弾丸の軌道を逸(そ)らす。 ジンもバリウスを召喚し、雷属性の防御魔法『バゼラーダディノウ』を唱えて電気の壁を作り、少しながらもその弾丸の威力を抑えようとしている。 辺りは、風が渓谷の間を通り抜ける空(むな)しい音が響くが、その音はやがて銃声や金属音で掻(か)き消され、無力と化す。 ・・・・・・やがて何も音がしなくなり、渓谷は元の静けさを取り戻した。 その頃、僕達が勝手に精霊馬車を出し、置き手紙まで残して外出したことにセルヴォイが腹を立てていた。 「ハァ・・・・・・冒険に対する好奇心が旺盛なのはいいが、守護神の微笑みも3度までだ。」 その言葉にジャルースが苦笑する。 「3回までって・・・・・・大分セルヴォイ殿はクローヴィス君をほったらかしにしていたようですなぁ。その言葉がうっかり口から出てくるとなるとのぅ?」 セルヴォイが頭を掻きながら相槌を打っていると、ドアを誰かがノックした。 「ナンシーです。宅配物をお届けに参りました~。」 セルヴォイが足早(あしばや)に玄関に行くと、片方の肩にファルンを乗せ、掌(てのひら)に乗るほどの小さな荷物を持っているナンシーが立っていた。 「これはこれはナンシーさん。お荷物ありがとうございます。え~と、サインが必要かな?」 ナンシーが軽く頷き、サイン用紙を渡すと、セルヴォイは苗字「マクロフィア」と薄く記した。 「これで、よろしいかな?」 そしてそのサインをナンシーは受け取ると、ファルンが弱く炎を出し、そのサインを炙(あぶ)った。 この世界では、特定の訓練を受けた火霊には郵便配達の仕事に就く事ができる。そして、サイン用紙にその訓練した火霊の炎で炙ると、その荷物がサインしていた人宛に送れているかどうかをチェックすることができる。実際に炙ると、サインした部分の文字が「苗字」ではなく、その家族内の誰かの人の「名前」に変わるようになっている。 もしもサインした家が違う人であれば、そのサイン用紙は燃えてなくなり、他人の手に渡らないように筆記盗用の防止にもなる。 「えっと、この荷物はクローヴィス君宛ですね。もしかして、また無断外出ですか?」 セルヴォイがため息をしながら頷くと、ナンシーはアハハと笑うばかり。 「まぁ今頃の年の子達は早く自立したいという気持ちの表れだと思いますよ?ここはせめて大目に見てあげないと・・・・・・と思うのが私の本音ですが。一時私もそうでしたから。」 と、喋りながらも小さく笑い続けるナンシーを見て、セルヴォイもつられて笑っていた。 「あ、そういえばこのお荷物、精霊石のようですよ?まぁティール感覚で見れば・・・・・・」 と、ナンシーが少し困った顔をした。 「この精霊石・・・・・・自分は見たことがないような霊が入ってそうです。こう・・・・・・初めて感じるティール感覚・・・・・・」 ティール感覚とは、精霊石が発する『気』のようなもので、火霊なら赤く暖かく、水霊なら青くほんのり冷たくと言うように感じるのがティール感覚である。 「ほぅ。そうですか。まぁ私が受け取っておきましょう。」 セルヴォイはナンシーからその荷物を受け取ると、ナンシーは軽くお辞儀をして玄関を出た。 リビングに戻ってきたセルヴォイをジャルースが呼び止めた。 「むっ、珍しいティール感覚。ちょっと、その箱をお貸しくだされ。」 セルヴォイが椅子に座ってジャルースとの間に挟んである机の上にその箱を置くと、ジャルースはゼーセルグを召喚。 「ゼーセルグよ。この箱の中から異様なものを感じんか?」 ゼーセルグが箱に近づき、箱に手を当てようとした途端、急に手を引っ込めた。 「・・・・・・ん?どうしたゼーセルグ。」 ゼーセルグが少し黙りこくると、口を開いた。 「申し訳ございません殿下、この精霊石に納められている精霊は、私では確認することができません。」 ジャルースがその言葉を聞くと、少し髭(ひげ)を撫でた。 「ふむ、そうか。ならいいのだ。わしもこのティール感覚は初めてじゃからな。分からないのも無理はない・・・・・・。」 「ジャルースさん。・・・・・・開けてはみませぬか?わたしゃどうもこの中身が何なのか知りたいもので・・・・・・」 と、セルヴォイがニヤニヤ笑うと、ジャルースは顔をニカッとして、 「そうじゃのお、そうじゃのお!開けてみたいのぉ!・・・・・・ここは1つ、2つの選択肢を選びますかな?セルヴォイ殿・・・・・・。」 クックックと、笑いが収まらないジャルースに、セルヴォイは2つ選択肢を出した。 「そうですな・・・・・・1つは、クローヴィスが帰ってくるのを待ってから開ける。そしてもう1つは・・・・・・」 セルヴォイとジャルースが声を合わせて言い放った。 「今、ここで開ける!」 選択肢を挙げた意味もなく、セルヴォイとジャルースは紐(ひも)を切断魔法『ジーシィリ』を唱えて切り離し、箱の周りを包んでいる紙を大人気(おとなげ)無く破き、箱を開けた・・・・・・。 その箱の中には、精霊石と手紙が同封されていた。その手紙の内容は電報のように短く、次の通りである。 『クローヴィス君、この石は、君の運命を左右する。 君の運命を変えし者より。』 セルヴォイとジャルースは書いてある内容の意味が分からなかった。しかし、その同封されている精霊石は、水晶玉の様にツルツルの球体で、傷一つ無かった。もちろん手垢(てあか)も指紋もだ。 「しっかしこの精霊石は異様な色をしていますなぁ・・・・・・ん?」 と、ジャルースが疑問符を打った。 「セルヴォイ殿。何か見えませぬか・・・・・・?黒い髪の人物が座り込んでいるのを・・・・・・。あぁ、なにか苦しそうな目をしている・・・・・・。しかも若く、男子の様・・・・・・まるで・・・・・・」 そこで、ジャルースは息を詰まらせた。この子の名前が頭の中を過(よ)ぎる。もう、あの名前しか浮かんでこなかった。 (クローヴィス・マクロフィア!!!!) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.09.19 23:47:38
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