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Moyashi

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2006.02.08
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カテゴリ:その他

 木曜日の午後に入ると足元の空気がしっとりと沈殿してゆく。これが冬の
終わりの木曜日という特異な位置に存在する記号がそうさせているのかどう
か判断はできない。しかし唯一僕が言えることは単に冬の終わりの木曜日と
呼ばれる記号がこの地上に優しく降り注ぎ時間軸をしっかりと硬めていると
いうことだ。そしてその冬の終わりの木曜日が醸し出す奇妙な匂いに包まれ
て僕のコブが足の甲に存在する。

 僕と彼女の距離はそこはかとなく言えば車2個分ある。真っ黒な外車では
長すぎ、燃費の良い軽自動車では近すぎる。革張りのシートだとリラックス
しすぎる傾向にあるし、ウーハーのついたステレオでは五月蝿すぎる。結局
はそこはかとない距離としか言いようがない。
「日差しが暖かくなったね」
 一人呪文を唱えるよう言葉を口にすると行き場のなくなった音の振動が宙
をさ迷ってしまう。台所の小窓から外をのぞくと都会の謙遜がまぶしい。彼
女は消えたテレビと向き合いながらソファに座っている。そして誰も僕の発
言なんて求めていないのだ。
「ナスがだめになりそうだから何かつくろうか」
 どうやら僕の言葉は何かが間違っているらしい。さきほどから僕の口から
出てしまったものの宙をさ迷っている言葉たちが僕の周りをじわりと取り囲む。
もしかしたら自分の存在自体が間違っているのかもしれない。それを否定す
るためにもういちど言葉をかける。
「これで何が作れるかな。パスタとか?」
 やはり間違っていたようだ。僕と彼女の間にはするんとした空間がそこに
ある。何か取っ掛かりがほしいな、と僕は思う。
 でも僕は素直に諦めてナスの解体に取り掛かる。きっとナスに話しかけた
ほうが早いのかもしれない。ナスのヘタの部分に僕のミジンコのような言葉
がひっかかる。すると僕は息を吹き返す。株の大暴落や地位や名誉を読み解
き、瞬く間に上流貴族と化す。しかしだ、そのヘタも今は切り取られ捨てら
れようとしている。三角コーナーに放り投げるとまたもとのするんとした空
間に戻ってしまった。

 彼女はよくテレビを観た。実質的に観たというよりは流していたというほ
うが正しいかもしれない。僕らの生活の背景にはいつも、郵便強盗やら詐欺
事件やら芸能人の破局といったニュースが流されていた。それは日常生活の
背景となって僕らを取り囲んでいた。一度、彼女に聞いたことがある。なぜ
テレビをつけたままにするのか。
「私もあなたも社会の一員なのよ。当然のことじゃない」


 朝起きると、彼女は消えているテレビの前で泣いていた。前かがみにソフ
ァに座り、やや顔を前に突き出しテレビを見つめていた。いや、本当はテレ
ビなんて見ていなかったのかもしれない。彼女の瞳は真っ黒なブラウン管の
奥のまたその奥にあるものを捕らえていた気がした。僕が、何しているの?
と尋ねても決して答えは返ってこなかった。彼女はただ、僕がわからない何
かに対して涙を流していた。
 さらにその姿は致命的なほど完璧で、僕に印象派の絵画を連想させる。ベ
ランダから降り注ぐ明るい太陽光は2対の客体―テレビと彼女―を浮き上が
らせ、ひとつの作品を作っていた。白い背景と黒い2つの客体はどことなく
砂漠を思い起こさせる。砂漠の海に浮かぶ印象派は少しずつ海底へと沈んで
溜まってゆく。


 そして彼女は泣き続けた。声を上げることなく。不穏に満ちた表情になることなく。

 木曜の午後、静かに僕の足元は揺れる。足の甲のコブが美しい情景を前に
して僕に語りかける。本当はどちらなのかと。

 僕は彼女のとなりに腰かけ、優しく体を抱いた。両腕に抱え込んでしまう
とそれは今にも崩れ落ちそうなほど乾燥しきっていた。だから僕は強く抱
く。体の芯を見失わないように。どうやら僕と彼女は一情景として張り付い
てしまったようだ。木曜の午後という題名によって。





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最終更新日  2006.02.09 00:54:37
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