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カテゴリ:考えたこと
さて、私の記憶は昭和30年代半ばから始まるのですが うちにテレビがやってきたのは 小学校の1年だったか、2年だったか。 白黒テレビで 4本足がついていた。 相撲では 大鵬柏戸が活躍していましたよ。 でね、ニュースではよく 炭鉱の落盤事故が報道されていました。 北海道とか九州とかの炭鉱のニュースでした。 そうして、もう少し時間がたってからは公害のニュースがね。 水俣病、サリドマイド薬害、空気汚染の喘息とか。 今中国で大きい問題になっている環境問題ですが、規模は違えど日本もそこを通過して今に至っているのですよね。
でもね、あの時代。 なんか希望がそこにはあったように思います。 私もなんとなくですが、この社会というものは今年よりは来年、来年よりはさ来年と、一年ごとによりよく改善され、発展してゆくものだ、という風に感じていました。 それが 崩れ去ったのが 第一次オイルショック。 あれでどんと経済が落ち込み 日本もなんか不況ぽく雰囲気がガラッと変わった。 ええ?日本がずーっと継続して発展してゆくわけじゃないのだ!と、私はそこで初めて知ったわけなのでした。
そうして あれこれあれこれあって、 40年前に比べて すごく社会基盤も整備され、生活は便利になり 豊かな社会になったと思います。 一般の生活者の生活レベルもね、大正とか昭和初期の人たちに比べれば もう夢のように豊かで便利で清潔な環境になったと思うのです。
でも、それだけ豊かになった分だけ、心理的に精神的に満たされ幸福になったか?というと、絶対そうじゃないですよね。 精神的には なんら変わってないかも? もしかしたら 生きるためのバイタリティーとか、強さとか 今より先の大戦敗戦直後の方が強くあったかもしれないですよ。 あの時代の方がよかったと言いたいわけではありません。
より多くの収入を得て、たくさんの便利で高価なものを買い集めるのが幸福につながる時代が長く続いた。 でも、より多くのものがよりたくさんの幸福感につながるってのは 本当じゃないと、わかっている人が増えてきているんじゃないのかな。
そういうことを ポツポツ考えていたらね。 企業による犯罪ですよ。 これから、どれだけ人間や動物や植物に影響が出てくるのかわからない。 そして、その事故を再び引き起こしかねない原発ってシステムを 政治はこれからも引き続き 推進しようとしている。 これが昭和の時代で もっと国民が元気だったら、そのまま黙っていたはずないなぁって 思ったのです。 報道ももっと元気に問題を追及しニュースにしていただろうし、国民もそれぞれの場所でもっと異議申し立てを おおっぴらに展開していたんじゃなかろうか。
今の日本人って な~んか、洗練されてお上品になって、しかし、どっか自分のセンサーを退化させてしまっているようにも感じます。 ぼんやりと幸福で、でも安心はしてなくてね。 力を使って現状を変えるよりは、ぼんやりと被害があまり自分には及ばないように そのままの方がいい。
個々人がもっと元気にならないと いけないかも、ですね。
日本人そのものが、大人になるべき段階に来ているのだと そう思います。
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最終更新日
2015年04月04日 18時15分42秒
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