世界が生きているか
ちょっと前のことだったのですが、夕方のニュースの時間県内ローカルニュースで とある東京の画家が近くの町のギャラリーで個展を開いているというお知らせをやっていました。で、夕飯の支度中だったんですが、振り向いてその紹介映像を見ていると 彼の描いた鳥の絵が出てきていました。彼は鳥を専門に描いている絵描きさんなんだそうです。で、その絵を見て驚いた。絵はとても丁寧に上手に描いてあるんですけどねえ、な~んか全然 鳥の生きている気配がない。どの絵を見ても きれいに描いてあって、そして生きていない。なんかね、鳥の剥製を 糸でぶら下げて それをただ描いているだけ・・・みたいに見えてしまうんです。私にはね。鳥の内側にある生命感(エネルギー)や筋肉の動きみたいなものかなあ。それは、描ける人は 一筆書きであっても写し取ることができると思うのですが。で、それが見えた私自身にもちょっと驚きがありました。 実はねえ、私 長いこと絵を描いてきて お恥ずかしいんですが、ずーっと芸術がなんなのかわからなかったのですよ。で、これがいい絵です。すばらしい芸術です、って言われたら 自分で判断できる能力がないもので『ほうほう』とか言って そういうものだと思っていた。いや、マンガに関しては かなり専門家だったもので、判断できますよ。いい絵 好きな絵 上手い絵 よくわかると思う。でも、いわゆるちゃんとした芸術分野は苦手でありました。 でも、自分の感覚を切り開く、自分本来の感受性を取り戻す・・・という作業をここ4年ほど 続けてきていたと思うのですが、このごろようやくその成果を実感でき始めているのかもしれません。前より ずいぶん 色々なものが見えてきているようです。2年前くらいだったと思うけれど、友人のDさんに言われました。「大吉さんは これから色々なものが見えてくると思います。それはいいことばかりじゃないでしょうし、見たくないものもあるでしょうが。」でも、世界をちゃんと見たい。ちゃんとその姿を理解したい、というのは私の小さい頃からの夢でしたよ。 たぶんねえ、自分自身を生きている人には 世界が判断できるんだと思います。その絵が 作品が 他の人が真ん中で生きているか どこのレベルにあるか 本物かうわべの表現か。まずは、自分で世界を見て 判断して きちんと相手に向かいそして 自分の言葉で語る。それからだよね、その方が絶対楽しいよ と そう思います。