カテゴリ:小説「ジパング」
「お父さんが海自で、その話を聞いているうちに憧れて防大へ。それだけ……ですか」
角松の部屋で片桐のインタビューが行われていた。 「他に何かなくちゃいけないか」 角松の素っ気無い話の仕方とその内容に片桐はつっかかっていった。 やれやれ、嫌われているとは思ってはいたが、これでは記事にもならんな。片桐は溜息を漏らしそうになったのを抑えた。いかんいかん、これでは角松の思惑通りではないか。よもやここで引き下がるわけにはいくまい。 「例えば国防意識に燃えてとか、自衛隊の現状を憂いてとか。もっとキャッチ―になりそうなのをお願いできませんかね」 「俺がわかることは艦のことだけなんでね」 とあくまで軽くあしらう。なるほど、これはなかなかの堅物だな。この男から本気のコメントを取り出すのには骨が折れるぞ、と片桐は心中つぶやく。 だが、片桐もこの仕事に着いて短くはない。記者の仕事をしていればこのような相手に巡り合うのには慣れている。そんな時、埋め合わせの言葉で取り繕った記事を書く事など造作も無いことだがそれではつまらない。 片桐はなんとかこの男の核心に触れてみたいという衝動に駆られていた。この鐘、強く叩けば叩くほどに大きく鳴り響くかもしれんぞ。ジャーナリストとしての片桐の嗅覚が何かを確実に捕らえ始めていた。 「じゃあ、どうなんです。今回の派遣でもし実戦になった時、海自は戦えますかね」 片桐はあえて挑発的に質問した。この手の男は自らの職務を小ばかにされる事には黙っていられず凛として反論するものだ。これでもすましているようなら、ひとまずはお手上げである。さあ勝負だ。片桐は角松がこれにのってくる方に賭けた。 「片桐さん。あんた人を殺した事があるか」 角松が口を開く。 よし、かかった。 片桐は歓喜を押し殺し答える。 「いえ」 「俺達も同じさ。機械いじりは習っても、誰も本当の殺し合いはやったことがないしやりたくもない。ただ、あんたと違うとこは、この制服を着ているってことさ。命令とあらば殺る。それが俺達だ」 と言うと角松は目を閉じて、すぅと仮眠を取り始めてしまった。片桐はギュっと拳を握る。 これが自衛隊員―――。「武力」という責任を背負わされた者達か。その覚悟の片鱗に触れ、片桐は不覚にも気押されてしまっていた。なんと強靭な意志なのだろうか。 片桐は背中に冷たい感覚を覚え、窓が開いてはいないかと確認した。しかし船底に位置するこの部屋には、窓など在りはしなかった。 すきま風ではないのか。その事実にまた寒気を覚える。 しかし、その拳には汗と共に確かな手ごたえが握られていた。 外では、後一歩で満ちる月が闇夜を照らしている。明日には美しい満月の夜になるだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005.07.19 01:56:04
コメント(0) | コメントを書く
[小説「ジパング」] カテゴリの最新記事
|
|