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カテゴリ:歴史文化
私が住んでいる貝塚市名越には、まだ「隣組(となりぐみ)」が健在です・・・
隣組とは、日本の昭和期において戦時体制の銃後を守る、国民生活の基盤の1つとなった官主導の隣保組織です・・・ この隣組は貝塚市だけでなく、私の知る限り岸和田市でも存在しています・・・ 何故?こんな事をテーマにするのかというと、先日の某テレビ番組で「日本で嘗てあった隣組を復活させたい・・・」というのを聞いたからです・・・ 「チョッと、待った!」・・・「まだ、あるでェ・・・」と言いたかったのです・・・ 逆に、「日本で殆どないのですか?」と聞きたいくらいです・・・ 確かに東京や大阪市内といった大都会では、もうないのかもしれません・・・ 私の町も、昔ほど町内のまとまりや隣近所が仲良くという空気や雰囲気も薄れてきたのも確かです・・・ しかし、3,4代先祖を辿れば殆ど親戚という「村」には間違いありませんので、この血の繋がりはけっして消せませんし、この絆は強いと思います・・・ 祖父同士が兄弟とか、曾祖父が近所の家から嫁さんもらったとか・・・みんな素性が互いに分かっていますので、都会や新興住宅地に比べて、見栄を張る必要が余りありません・・・ 逆に見栄を張ると、カッコ悪いだけです・・・ しかしこの絆の強さも、「保守的」という弱みに場合によっては変わりますので注意が必要です・・・ 増々グローバル化に拍車がかかる日本の地方都市である貝塚市も、この強みを活かす事こそ今後の課題のような気がします・・・ しかし、この隣組がなければ、だんじり祭も盆踊りも葬式も成り立ちません(厳密に言えば祭だけが町内会主催)・・・ この町の3大行事に加えて、寺行事(浄土宗と浄土真宗の2ヶ寺)、宮座、行者講といった特定の組織も町運営を下支えしているように思います・・・ 更に町内会、女性会(旧・婦人会)、PTA、育成会、子供会、老人会、水利組合や、祭や盆踊りに組織力を発揮する青年団、30人組、若頭会、世話人会といった団体も、町運営をバックアップしているのです・・・ かつて戦後の日本では何処でもこのような隣組という組織があり、世界が驚愕した日本の奇跡の復興も、その裏には地域のコミュニティである隣組が有効に働いたと言えるかもしれません・・・ 外国では、あまりこういうような小さな組織である町単位の組織はないように思います・・・ 新聞で見る限り、海外で人が大勢集まるのはデモか、祭り(フェスティバル)でも大きな組織である市単位とかのような気がします・・・ ひょっとして日本人の優しさや親切、協調的という外人からすると素晴らしい国民性は、ヨーロッパや中韓の狩猟民族と違って、農耕民族のDNAをもった日本人の長所かもしれません・・・ そういう意味で、日本が「再浮上」する為にも、隣組が日本から完全消滅する前に、もう一度日本全体に何らかの方法で「復活」させるのもイイかもしれません・・・ ここもポチッと押してください!ご協力お願いします! にほんブログ村 にほんブログ村 にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.04.26 09:43:40
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