巨大地震直前の電離圏変動
2011年東北地方太平洋沖地震の約40分前から震源域上空の電離圏で最大5 TECUに達する全電子数(TEC)のゆっくりとした正の異常が観測された。これは我が国に多数展開された全地球測位システム(GPS)のキャリア位相差の時系列から得られたもので、データ入手と解析手法はともに簡単で追試が容易である。同様の前兆変化は2010年2月のチリ地震,、2004年12月のスマトラ地震、および1994年北海道東方沖地震においても見出されており、海溝で発生する巨大地震に普遍的なものである可能性が高い。将来の地震直前予知の実用化に向けた新手法として有望と思われる。地震時電離圏変動(CID)地震の約40分前に始まってじわじわと継続するTECの正の異常である。異常分は地上局と衛星を結ぶ視線ベクトルが電離圏の最大電子密度高度(約300 km)を貫く点(その点を地上に投影した点をSIPと呼ぶ)が震源直上にあるGPS点で最も大きく5 TECU (1TECUは底面積一平方メートルの円柱に含まれる電子の数が1016個)に達し、離れるに従って小さくなる。また震源から十分に離れた電離圏では逆にTECのゆっくりとした減少が見られる。増加したTECはCIDによる振動が治まった時には元にもどっている。このような地震直前のTEC変化を、地震に伴う異常部分(具体的にはUT5.2から6.0)を除いた部分を用いて作成したモデル変化(図1でなめらかな曲線で示したもの)からの差として地図上にプロットしたものが図2である。地震の一時間前(左)には見られない異常が、地震の20分前には震源上空の正のTEC異常として見えだし、地震直前にはさらに明瞭な異常となって見えている。逆に西日本の上空ではTECの減少が見られ、あたかも電離圏電子が周辺域から震源域に集まってゆくようである。なおここには示さないが、同様の図は同じく震源上空を視線が貫く26/27番衛星でも描くことができる。この現象が海溝型巨大地震に普遍的なものであり、かつ紛らわしい電離圏の擾乱現象が少なければ地震の直前予知の手法として有望であると思われる。本現象がどのような物理メカニズムで発生しているのかは現時点で明確ではない。昨今では地震に伴う電磁気現象を統一的に説明する現象として、圧縮された火成岩から発生した正孔(Positive hole) の拡散が注目されている。火成岩を部分的に圧縮すると、圧縮された部分で発生した正孔が圧縮されていない部分に移動して岩石表面に電場を作ることが室内実験で明らかにされている(Takeuchi et al., 2006)。今回の地震でも、震源核の形成に伴って断層帯で発生して地表に集まった正孔が作った電場が、震源上空の電離圏に電子を集めた可能性がある。電場を作ったのは地殻から放出されたラドンがアルファ崩壊して生じた電荷によって大気中に大量に生じた正帯電エアロゾルかも知れない(Tributsch, 1978)。熱圏で実際にどの部分の電子がどのような経路で震源上空に集まるかは、電場だけでなく地球磁場を考慮する必要があるため単純ではないだろう。日置幸介、菅原守、大関優、岡崎郁也、GPS-TEC法による地球物理学、測地学会誌(解説・入門講座)、56, 125-134, 2010. 本文献は下記URLで閲覧可能http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~heki/pdf/Heki_etal_JGSJ2010.pdf