取り残された伊原監督
渡辺久信前監督によって弱体化した西武ライオンズを再建させるために伊原春樹監督を再任用させたのですが、開幕2カ月にして無期限休養=事実上の辞任という球団始まって以来の事態となりました。そうなったのは何か要因がある。それはすぐに分かりました。「あらゆる面に於いて考え方が前時代的で選手たちの理解が得られなくなり孤立した」これにつきます。選手たちへの規律を徹底させ、やりかたも大きく変えました。そのため、古い規律や道徳や思想の押しつけに選手たちが順応せず反発して意欲を殺ぎ、孤立無援になって弱体化を助長させたのが一因です。画は「みんなのあるあるプロ野球極」(カネシゲタカシ/野球大喜利著・講談社刊)70頁から。これを見ても、明らかです。伊原氏は2002・2003年に監督の任務に就き、リーグ優勝もしています。そのときは「ヤング」(29歳以下),「ミドル」(30~35歳),「ベテラン」(36歳以上)の各年齢層がバランス良く揃っていました。ベテラン層が監督の教えを守り、それを分かりやすく咀嚼してミドル層へ伝え、更に咀嚼してヤング層へ伝えることにより世代が違っても反発なくチームの結束を高めることができたのです。ところが現在のライオンズはどうか。ベテラン層は激減し、ミドル層も少なくなりヤング層中心になった。それが「反発を生む自由の締め付けと前時代的な考え方の押しつけ」につながったと言えます。また、伊原氏との比較対象として、中日の高木守道前監督が挙げられます。中日の場合、2004年~2011年まで続いた落合氏の采配により疲弊したチームを立て直すために2012年に再任用されましたが翌年に退任となりました。高木氏(とくに2年目)も伊原氏と類似する点が多々あります。高木氏再任用2年目の中日は前年以上に弱体化して批判の矢面に立たされました。それでもシーズン終了まで持ちこたえたのはベテラン層中心のチーム構成で、ヤング層から反発があってもベテラン層が高木氏を庇い、下の世代たちを独自に統率することができたからでしょう。対して現在の伊原氏は反発を受けても擁護してくれる選手がなく、孤立無援になって耐えられなくなり、とうとう1シーズン持たなかった,と言っても間違いではないようです。以上、退任に至った要因をまとめてみました。これは根の深い問題なので、もう少し探る必要もありそうです。 みんなの あるあるプロ野球〜極〜-【電子書籍】価格:864円お求めは楽天市場へ みんなのあるあるプロ野球極価格:1,028円(税込、送料別)お求めは楽天市場へ