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2009年04月20日
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カテゴリ:楽園に吼える豹
電話を切った後、アスカはしばらくその場に立ち尽くしていた。

レオンはアスカの態度を不審に思ったかもしれないが、今の気持ちをそのまま彼に打ち明ける気にはなれない。

―――猛獣のDNAが、宿主を凶暴にする―――

レオンは、そんなこと憶測だと一蹴したが、アスカは素直に聞き入れられなかった。
過去の出来事が、どうしても彼女の足に枷をはめる。


「あのこと」はリョウジたちにとっても二度と思い出したくない出来事だろうが、アスカにとってもトラウマだった。

自分が本当の化け物に変貌する一歩手前まで来たあの時。

あの時はすんでのところで橘に押し戻してもらえたが、今度はどうなるか分からないのだ。

無論、あの頃の自分とは違うと、胸を張って言える。

けれど、不安は消えない。


(……怖い)


アスカはびくりと肩を震わせた。

だがそれは恐怖からではない。いきなり携帯電話の着メロが鳴り響いたからだ。

音量を小さくしておかなかったことを少し後悔しつつ、アスカは電話に出た。


「何だよレオン、まだ何か…」


『こんばんは』


「!」


レオンじゃない。声が違う。
聞き覚えのない声だった。


「…誰だ?」


何となく嫌な予感がしつつも、そう問わずにはいられない。

声の主は、くすりと笑った。


『ふふ、“本当の声”であなたと話すのは初めてですから無理もありませんね。
でも…何となく分かるでしょう?』


慇懃だが鼻につく話し方。それに“本当の声”という言葉。
本当の声でない声でアスカと話した人間は、一人しかいない。

変幻自在に姿を、そして声までも変えられる男。


「ゲオルグ・シュバイツァー…?」

『ご名答』


なぜゲオルグ・シュバイツァーがアスカに電話をかけてくるのだ。
どこで携帯の番号を知った?

アスカの内心などどこ吹く風といった様子で、ゲオルグは話し始める。


『大変ですね、あなたも。どこまでも他人の思惑に踊らされる運命なんでしょうね。
同じキメラとして同情しますよ』

「…お前とあたしは違う」


ゲオルグは自分がキメラだと認めた。
セルムにGSとして登録されていない以上、やはりゲオルグはグリンロッドのアドバンスト・チルドレンなのだ。

だが、一体何のDNAを植えつけられたのだろう。
彼のような能力が現れるような猛獣などいただろうか。


『確かに性格的には正反対でしょうね。その点では私もあなたと相容れるとは思いません。
けれどその他の人間はどうでしょうか? シン・藤堂にとっては、あなたも私も大して違わないと思いますがね』

「……何が言いたい?」


なぜここで藤堂が出てくるのだ。


「藤堂がキメラを嫌ってるのだとしても、そんなこと関係ない。
あたしは力の及ぶ限り、あいつを守る」


ゴウシから頼まれたのだから。
…それに、アスカ自身も藤堂の力になりたいと思っていた。


『あなたがそうしたいと言うのなら止めはしませんがね。
シン・藤堂のほうは果たしてそれを望むでしょうか』

「…何?」

『彼の過去を知っていますか? 彼は十二の時両親を暴漢に殺されています。


その暴漢は―――キメラだったんですよ。しかも“豹(パンサー)”のね』


「……え…!?」


今、何と言ったのだ。
誰が、誰に殺されたって?


『彼があれほどキメラを嫌っていたのはそのためですよ。
親の仇じゃ、好きになれって言うほうが酷ですよねぇ』


嘘だ。
嘘だ、そんなの。

―――いや、待て。

自分は気付いていたんじゃないのか?

藤堂が復讐のために生きていると知ったときから。
復讐の対象に憎悪と拒絶をたぎらせる瞬間を見たときから。

その時の表情は初めて自分と会ったときに見せた表情と同じだったと―――気付いていた。

無意識的に逃げていただけだ。
考えることを、本能的に放棄していただけだ。


(聞きたくない。これ以上)


反射的に、アスカは電話を切った。
ついでに電源も切った。

これ以上、ゲオルグの声が衝撃的な事実を紡ぐのに耐えられそうにない。


(何が…何が“藤堂の力になりたい”だ)


笑わせる。

自分は藤堂の一番大切な人を奪った奴と同じ生き物。
しかも同じ“豹(パンサー)”……。

最悪じゃないか。


(藤堂は、あたしを絶対に受け入れない。あたしが藤堂なら、死んでも拒絶する)


藤堂はアスカを必要としない。
アスカがキメラである限り。一生距離は縮まらない。

初めて会った時、藤堂が自分に浴びせた言葉が蘇る。


“個人的な感想としては、化け物とどう違うのか…理解に苦しむがね”


(藤堂…!!)








ツー、ツーと電話が切れた音が規則的に耳を打つ。

ゲオルグ・シュバイツァーは携帯を閉じてポケットにしまった。

風が、彼の長髪を乱暴に巻き上げる。
ゲオルグは面倒くさそうに、顔にかかる赤毛をかきあげた。


「…やれやれ、ここまでショックを受けるとは思いませんでしたよ」


打てば響くというのはこういうことをいうのだろう。
こういう結果を想定して藤堂の過去を暴露したとはいえ、ここまでうまくいくとは思っていなかった。


「しかしこれで、しばらく大人しくしていてくれそうですね。
今“主人(マスター)”の思い通りに事が進んでは困るのですよ……」


そう言って、ゲオルグは再び歩き出した。
彼の姿が夜の闇に消えるのに、そう時間はかからなかった。









つづく


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最終更新日  2009年05月19日 21時19分00秒
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