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2009年07月05日
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カテゴリ:楽園に吼える豹
「…藤堂元帥。…いえ、副長官」


不意にユイが問いかける。


「何でしょうか」


ユイは言いにくそうに、少し下のほうに視線をずらし、うつむいている。
彼女らしくない態度だ。

それでも意を決したように、藤堂の瞳を真っ直ぐに見て尋ねる。


「あなたは、この一連の事件の原因が本当にGSの体内に宿る猛獣のDNAだと思われますか? 
本当にGSは危険な存在だと思われますか?」

「……」


その質問を耳にした時、藤堂のユイに対する印象は少なからず変化した。
彼女は世間で言われているほど情の薄い女ではない。
大衆が唱える思い込みに近い意見に疑問を抱くだけの良識も持ち合わせている。

だが、「そうは思いません」と断言できるほどの根拠はない。


「………それは、我々が判断すべきことではないと思いますが」


ユイははっとしたように藤堂を見つめた。


「……そう、ですね。そんなことにこだわっている暇はありませんものね」


気持ちがくじけかけていた己に気付いたのか、すっと顔を上げたユイの表情は、いつもの凛としたものに戻っていた。


「失礼しました」


ユイは軽く一礼をすると、そのまま部屋を後にした。






「…たとえ慰めでも、『そうは思いません』って言ってやるべきだったんじゃないのか?」


ユイが出て行った後、ゴウシは窓から外の景色を見下ろしている甥の背中に声をかけた。


「…私たち二人が慰めあったところで何になるというのです? 状況は何も変わりませんよ」


そう、変わらない。
さっきユイに「私はGSを信じています。彼らは無実だ」といったところで、GSを―――彼女を取り巻く状況は変わらない。

GSは危険―――その風説を否定するほどの論拠を持ち合わせていない以上、藤堂にできることは何もないのだ。

ただ…アスカ・清里に関しては、その風説の例外を構成する要素だと言っていいと思う。

なぜなら、もしGSが危険で、激情とともに猛獣のDNAが覚醒し凶暴化するというのなら―――


(私は初対面の時に、彼女に殺されているさ)


彼女は今、何をしているのだろう。
なぜだかそんなことが気になった。





ユイは自室に戻り、椅子に腰掛けた。
肘をつき、はあ、とため息をつく。

藤堂とのやり取りで元の彼女を取り戻したかに見えたが、やはりそう簡単にはいかなかった。
機械ではないのだ。スイッチが切り替わるように心の整理がつくのなら、苦労はしない。


(…やっぱりもう、GS制度は廃止されるのかしら)


こうしている間にも仕事は溜まっていくのに、思考はそこにばかり行き着く。

いや、彼女の関心は、本当はそんなところにはない。
GS制度廃止によって引き起こされる結果―――すなわちレオンと会えなくなること。
それが問題なのだ。


(本当にらしくないわ……)


レオンを想う「らしくない自分」を認識して、冷静な自分が愕然とする。その繰り返しだ。

自分がこんな想いに囚われるとは思いもしなかった。
以前大企業の御曹司と婚約していた時でさえ、こんな風にはならなかったというのに。


(…それともあれは、恋じゃなかったのかしら………)


ぼんやりとしていると、いきなり携帯電話が鳴った。

意識を半分宙に飛ばしていたものだから、かなり驚いた。
ユイは何度か深呼吸し、平静になろうと努める。


「はい」


だが。


『あ、“主人(マスター)”? 俺、レオンですけど』


彼女のそんな努力は電話の相手によって吹き飛ばされてしまった。
あまりにも思いがけない人物からの電話だったので、ユイはしばらくフリーズしてしまったほどだ。


『もしもし? 聞いてます?』


ようやく我に返る。


「え、ええ。少しびっくりしただけです。―――何か御用?」


―――もっと言い方があるだろうに。「何か御用?」なんて。冷たすぎる。
けれど、油断するとレオンに自分の気持ちがばれてしまいそうで、これ以上優しい言葉は口にできなかった。

が、レオンは特に気分を害した様子はなかった。
ユイがそう判断できたのは、電話口でレオンが笑ったからだ。


『―――良かった。電話に出てすぐ切られることも覚悟してたんですけどね。
その様子じゃあ、少しは俺のこと信用してくれてるんですか?』

「…………」


ユイの知り合いの高級官僚の中には、GSからの連絡を一切取り次ぐなと息巻いて、アレルギー反応をあらわにする者もいる。

だが、ユイはそこまでする気にはなれなかった。
彼女はレオンに、恋心を抱くと同時に、感謝もしていたから。
あのホテルでの言葉、顔には出さなかったけれど―――とても嬉しかったのだ。


「―――そうね。GSは危険だという流言には、少なからず疑問を抱いています」

『そう来なくちゃ。実は俺もそう思ってるんです。だってありえないでしょう? 
揃いも揃って自分のやったことを忘れちまうなんて』

「催眠術でも使わない限りね」


確かにその点はおかしいと、ユイも思っていた。

もっとも、殺人を犯すときはほとんどの人間は興奮状態になるので、その瞬間の記憶が飛ぶこともありえないことではない。だから、ただの偶然ということも考えられる。

この時点で、電話を切ることもできたはずだった。


「…何が望みなの」


だがユイの口は、意思に反して動き出す。
彼には借りがある。それを返すだけだ―――そう己に言い聞かせる。


『さすが、話が早くて助かります。では、お言葉に甘えて』


電話の向こうで、レオンがふっと微笑んだのがわかった。


『一連の事件の捜査資料が欲しい。容疑者の供述調書と、あと犯行に至るまでの容疑者の足取り。これが知りたい』

「―――あなたはこの事件の背後に何かの陰謀があるとでも思っているの?」

『…さあ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
おかしいと思ったから調べる。ただそれだけです』

「…随分熱心ね。あなたがそれほどGSという仕事に固執してるとは知らなかったわ」

『そんなんじゃないですよ。俺は何を言われようが別に構いやしませんけど、仲間の中にはこの仕事に愛着持ってる奴もいますからね。
そいつのために動いてるだけです』


―――意外、だった。
彼の口から「誰かのために」なんて言葉が出てくるなんて。


(その“仲間”って、女の子?)


その質問が口をついて出そうになって、ユイは慌てて自制した。
レオンはGSだ。「仲間」は男に決まっている。

そう、ただ一人の例外を除いて―――


(アスカ・清里……?)


『“主人(マスター)”? 聞いてます?』

なぜ、心に彼女の名前が浮かんだのかは分からない。
けれど、レオンの言う「仲間」とは彼女を指しているのではないかと、漠然とそう思えた。


「―――ええ。すぐに届けさせるわ」


彼はきっと、自分を利用しているだけだ。けれど、それでも。









つづく


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最終更新日  2009年07月20日 16時54分31秒
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