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カテゴリ:楽園に吼える豹
ユイとの電話を切ったあと、レオンはソファに寝転がった。
もう外は薄暗い。 夜が徐々に昼を侵食し始める時間だ。 今日は珍しくどこにも出かけずに家にこもっていたレオンは、一仕事終えて一息ついた。 さっきユイが何気なく口にした言葉が、今も頭の中をリフレインしている。 『催眠術でも使わない限りね』 催眠術を使って、他人に人を殺させる。 普段のレオンならバカバカしい、と一蹴してしまうような意見だが、今日に限っては、真相は案外そんなところにあるのではないかと思えてしまう。 それならば、犯罪を犯したGSたちに当時の記憶がないことの説明がついてしまうのだ。 だが、催眠術で人を殺させるのはほぼ不可能であると言われている。 (けれど) 不可能を可能にできる存在など、この国だけで何人もいるではないか。 例えば自分は、左手で人の皮膚を軽く引っかくだけで、その人間を死に至らしめることができる。 アスカだってユキヒロだって、全能ではないにしろ普通の人間では持つことのかなわない力を持っている。 なら、そんな存在が他にいたっておかしくない。 いや、いる。 ゲオルグ・シュバイツァー。 イルファン・アンドロポフ。 リズ・ターナー。 グリンロッドで死亡扱いになっていたアドバンスト・チルドレン―――キメラ。 彼らの能力についてセルムは関知していない。 当のアドバンスト・チルドレンは既に死亡している―――と思われていた―――し、彼らの能力について記載されていた資料は、十五年前の爆発事故で全て吹っ飛んでしまったのだから。 だが、彼らの中に催眠術に近いような能力を持っている者がいるとしたら? (―――その可能性も…考慮に入れておいたほうがいいな) もしその可能性が現実のものになったら、きっと自分が戦うことになるだろう。 昂ぶる闘争心を静めるかのように、レオンはそっと目を閉じた。 「“実験”は順調みたいだな」 ホテルの室内の窓から眼下の夜景を見下ろしている女性に、イルファン・アンドロポフは声をかけた。 声をかけられた女性―――リズ・ターナーは振り向き、「ええ」とだけ答える。 リズはスレンダーな肢体をバスローブで包んでいる。 しかし、イルファンは彼女の魅力的な肉体を目にしても興奮することはなかった。 二人は恋人同士ではないし、肉体関係もない。 二人の関係を示すのに最も相応しい言葉は、「同志」だろう。 「私の『力』はGSのランクに関係なく有効みたい。 効かないとしたらGSだけだと思っていたから……一安心ね」 「お前の『力』の犠牲になった連中は災難だけどな。 わけわかんねーうちに人殺しちまってよ。 お前の暗示は強力だからな」 イルファンは下品に笑いながら煙草を吸った。 「次は…誰にしようかな」 「そりゃSクラスだろ」 Sクラスはまだ試していない。 リズの暗示能力が本当に誰に対しても有効なのか、確かめなくてはいけないのだ。 暗示をかける人数が増えれば増えるほど足がつく危険性が高まるが、彼らの崇める“主人(マスター)”の期待を裏切ることはできない。 この件についてゲオルグ・シュバイツァーが外されたことも、二人を奮起させる材料となっていた。 ゲオルグよりも“主人(マスター)”に信頼されている。 それだけで二人の心は満ち足りるのだった。 世間を騒がせているGSの凶行の原因だというのに、彼らのこの純粋さはどうだろう。 だがそれゆえに、彼らの行動は更に狂気を帯びていく。 「Sクラスっていったら…やっぱりアスカ・清里だよな」 「ダメよ、調べてみたらここ数日部屋から一歩も出てこないらしいわ。 強引に忍び込めば必ず痕跡が残るから、得策とはいえないわね」 リズがしかめっ面で答えた。 彼女としても、アスカ・清里をターゲットにできないのは不本意のようだ。 彼ら二人には、ゲオルグがアスカを足止めしたことなど知る由もなかった。 「アスカ・清里が外へ出るまで待つっていうのも無理だしな。 “主人”から行動は迅速にって言われてるし。 アスカ・清里に暗示をかけられれば、藤堂から引き離せる上に行動の自由も奪えて一石二鳥だったんだけどな」 「仕方ないわ。ではプランBへ。 最優先ターゲット、アスカ・清里へのミッションが遂行不可能な場合、次のターゲットは……」 「レオン・ヴィクトル」 「ふふ、そうね。そいつ、女好きだっていうし…簡単そうじゃない?」 リズの妖艶な笑みが、窓ガラスにぼんやりと反射していた。 つづく 人気ブログランキングに参加しました。 よろしければクリックお願いします♪(*^▽^*) ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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