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カテゴリ:楽園に吼える豹
「この非常時でも、お前は相変わらずだなぁ」
『Blue Rose』のマスター、ジェイクは呆れたような声を出して、目の前の客に酒を渡す。 「ほっといてくれ。GS制度が停止しようが国が滅びようが、俺は俺のやりたいようにやる」 レオンは実に彼らしいモットーを口にして、手渡された酒を受け取った。 が、いつものようにハイペースで酒をあおったりはしない。 「やりたいようにやる」とは言ったが、今日は酒を飲みに来たわけではないのだ。 「あんたは何にする?」 ジェイクはにやりと笑って、レオンより少し間を空けて席に着いた客に話しかけた。 「……………お、お任せします」 色つきのサングラスにワックスでうまく遊ばせた髪型。 デニムのジャケットに細身のジーンズ。 女受けしそうな格好なのに、中身は野暮ったい。 ジェイクの注文にオドオドと答えるのがやっとだ。 この外見と中身の乖離が激しい青年がユキヒロ・カガリだと知ったら、特にアスカあたりは素っ頓狂な声をあげて驚くだろう。 レオンの提案で変装して現れたユキヒロだが、こんな着慣れない服を着たら緊張して、挙動不審になりそうな気がする。 外見はバッチリ作り込めているとレオンのお墨付きは貰っているが、やはり似合わないことはするものではない。 そもそもジェイクはこの変装に気が付いているのではないか。 あえて問い質したりはしなかったが、先ほど彼の見せた皮肉な笑みが気にかかる。 レオンはもじもじと落ち着かないユキヒロのほうを一度も見ようとしない。 一人だと思われるほうが好都合なのだから当たり前だが。 (けれど、本当に雲をつかむような作戦ですよね……) 「酒場と女だ」 ユキヒロをいきなり呼びつけて、藪から棒にそう切り出したレオンを見て、ユキヒロの頭上には「?」マークが飛び交った。 何が言いたいのだ。 「事件を起こしたGSは、犯行の前日もしくは直前に行きつけの酒場に行ってる。 店はバラバラだけど……そん時居合わせた客はみんな、そのGSが見知らぬ女と一緒にいるとこを見てるんだ」 「女性…ですか?」 ユイから借りた捜査資料を目を皿のようにして読んで、掴んだ手がかりだ。 どうやらその女の身体的特徴は、いずれも共通点が多いらしい。 凶行に走ったGSは、揃いも揃って同じ女と行動を共にしていた――― この事実から、警察はその女がGSを誘惑し、殺人を教唆した可能性もあると見ているらしい。 さすが、民衆と違い警察は冷静だ。 目下、全力でその女の行方を追っているが、依然手がかりは少ないらしい。 その女はいつも帽子やサングラスで巧妙に顔を隠しているらしく、似顔絵を作成しようにも彼女の顔のパーツが分からないのだ。 犯行に及んだGSは事件の前後の記憶が抜け落ちているから、彼らに尋ねることもできない。 「というわけで、俺らもその女を追うぞ」 「ええ!?」 前にもこんな展開があったような。 「何驚いてんだ。他にすることもねーんだし、ちょうどいいだろ」 「た、確かにすることはありませんけど、でもですね…!」 「このままGSは用なしってことになったら、お前はともかく俺らは失業しちまうんだぞ。 俺は誰かのヒモでもやって生き延びる自信はあるが、アスカはどうなる。 あいつに普通の会社勤めなんか絶対不可能だぞ」 確かに百パーセント無理だ。 「何だか知らんがアスカが殻ん中に閉じこもっちまった今、動けるのは俺とお前くらいなんだ。 このまま言われっぱなしで黙ってられるかよ」 GSの地位などいつでも捨ててやるが、自分の名誉を好き勝手汚されたまま引き下がるわけにはいかない。 (もとはと言えばこんな事件が起こるからアスカがおかしくなっちまったんだ。 その怪しげな女が黒幕ならそいつを引きずり出して終わり。 何も裏がないならGSたちが嘘をついてる。そういうことだ) 言われっぱなしで黙っていられないのは、ユキヒロも同じだった。 もっとも彼の場合、自分がどうこうというより、他のGSたちの立場を考えての結果だが。 「そうですね…。このままではいずれにしろよくありません。 アスカさんも、真相がはっきりすれば元気になるでしょうし……」 しかし、一抹の不安がある。 「でもどうやってその女性を探すんです? 酒場に現れるってだけじゃあ、手がかりになりませんよ」 「“酒場”じゃない。“ターゲットの行きつけの酒場”だ。 たぶん大勢にまぎれて行動できる上、見知らぬ他人に声をかけても不自然じゃない場所だから、そんなとこに出没するんだろうがな」 いいか、とレオンは言う。 「おそらくその女は、次はSクラスのGSを標的にしてくる。 その標的が俺になれば、敵は自動的に俺の行きつけの店―――『Blue Rose』に現れることになるだろ?」 ジェイクの店で待ち伏せをする。要はそういうことらしい。 「な、何ですかそれは? あなたが次のターゲットになるとは限らないでしょう。 そもそも、どうして次に狙われるのがSクラスだって分かるんです?」 「何だ、気付いてなかったのか? 容疑者のGSのランクをよく思い出してみろよ」 街のチンピラを半殺しにしたトム・キートンはCクラス。 フィッシャーズ外務大臣を射殺したドン・ブレットはBクラス。 そして、国防長官を殺害したGSは――― 「Aクラス……」 「そう、だんだん階級が上がってきてるんだよ」 意図は分からないけどな、と付け加える。 しかしユキヒロはまだ納得がいかない。 「理屈は分かりましたけど……それでもあなたが標的になるとは言い切れませんよ。 SクラスのGSはあなたを入れて十人もいるんですよ? その中からあなたを選ぶ必然性なんて……」 「そうだな。でも俺がその女なら、必ず俺をターゲットにするね」 形のいい唇が笑みを作る。 こういう挑むような顔つきがたまらないのだと、彼の取り巻きの女性たちが噂していたのを思い出した。 「だって敵は女なんだろ? だったら堅物の男じゃなく色香に惑いやすい男を選ぶはずだ。 その点俺は最適だろ?」 女好きで、手が早い。 そう世間から思われているレオンは、籠絡するにはうってつけ―――そう言いたいらしい。 「それでも…可能性は低いですよ」 「それでもやるしかない。Sクラスのうちアスカは除くとして―――確率は九分の一だ。 まぁ高いほうじゃねえか」 敵が次にSクラスGSを狙うとしたら、という条件付きではあるが。 そしてレオンは厳密にはAクラスであるという事実は、ここでも無視されている。 「そうと決まれば、二手に分かれて店に入ろう。 俺が変な女に声かけられたら、気付かれないように後ついてこいよ」 つづく 久しぶりにジェイクが登場です。 外伝「優しい嘘」以来ですから、だいぶ間が空いての再登場になりましたね~。 長い長い第八章ですが、ようやく半分過ぎました。 アスカは当分出てきませんが、レオンたちの活躍にご期待ください(* ̄∇ ̄*) 人気ブログランキングに参加しました。 よろしければクリックお願いします♪(*^▽^*) ↓ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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