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カテゴリ:韓国で日本語を教える
勤務先の比較文化研究所主催の学術大会があった。
主題は「東アジアと脱民族主義」。 発表者は順に、 東京家政学院大の前田雅之先生が「物語としてのナショナリズム-前近代、近代、現代」。 毎日新聞ソウル前支局長の下川正晴先生が「韓国ワールドカップ応援とナショナリズム-06年6 月、メディア・イベントの極地」。 円光大のキムジェヨン先生が「非民族主義的反植民地主義の遺産」。 上海の復旦大のワンイウェ先生が「中国の新しいアイデンティティーを求めて-中国民族主義の 神話」。 京畿大のベクスンジョン先生が「歴史紛争と記憶の場としての東アジア」。 前半の3つだけ拝聴した。 前田先生は、ナショナリズムも作られた「物語」にすぎないということを言われたのだと思う。(吉本隆明は「共同幻想」と言った) 下川先生は、ワールドカップに乗じたメディアの商業主義は愛国心とは別物であることに触れながら、サッカーのスポーツとしての復権を訴えられているようにも感じられた。 あまりに多くの言葉や物語(情報)が氾濫する時代にあって、言葉に対するある種の不信感が極端に陥らない上で、大切だなと感じる。 冷戦の後、ポスト冷戦時代は脱イデオロギーの時代とも言われた。旧共産圏の解体は、新たな民族主義を呼び覚ますことになり、各地で民族紛争が起こった。そして、脱民族主義(トランス・ナショナル)という指標が出てきたわけだが、脱国家主義という意味からも、有効な指標であることは間違いないだろう。極端な民族主義は他者の存在を全否定してかかる危うさがあるし、また一方で、主義という枠でばかり集団を見るのは個人の人格を否定することにもつながりかねない。いずれにしても、極端はアウトということだろう。漸進主義で進みたい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006.11.18 02:03:22
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