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カテゴリ:博物館などの記録
暫く日を置いて考えてみた。 やはりあれは偽物の展示である。 これをまじまじと受け入れてしまった人達は可哀想である。 忘れてしまった日本人も、苦しめられているチベット人も、何も知らされていない中国人も可哀想である。
余りにも、牽強付会の出鱈目過ぎて口をあんぐり開けてしまう程なのだが、チャイナのこれまでの捏造歴史に一々突っ込んでは日が暮れてしまうので、観た時の印象をここでは書いとく。
最終日と言う事もあって、中は混雑していた。 会場の外は毎回の事だが、チベットを支える人達がデモを行っていた。
日本人ではあるが、時に「ゴ」らしき衣を纏った人々が歩いていた。 チベット人か? 「ゴ」みたいだからブータン人かも知れぬ。
何れにせよ、ブータン人もチベット人も同じチベット系である。 ゴと言うのは、どてらみたいな民族衣裳の事である。 ブータン人てのは、チベット仏教のゲルク派ではない、カギュと言われる一派がヒマラヤの南側に落ち着いて出来た国の人々である。 だから、ブータン人てのはチベット人である。
くぎゅ派ではない。カギュ派である。 くぎゅ派は一杯居るだろうなあ。 くぎゅ派は又の名を釘宮病患者である。 ゲルク派は黄色い帽子を被った宗派の事である。 ダライラマやパンチェンラマもこの宗派である。 如何せん、このチベットでも宗派の管主が国土を納めている、と言う状況だったので支那に付け込まれてしまったのだろう。 これでチベットは纏まってなく、統治者は居ないのだという吝嗇が付いてしまった。 ゲルクってこう書いてあるが、発音は「ギョェルク」に近く、一音節で言い切る。
内部は混んでいて中を観る事が難しかったが、出鱈目のキャプションを一つ取り上げる。 首都ラサの謂れが、山羊の土地、とあるがこれは全くの嘘である。
聖なる土地、神聖な土地と言う意味である。 侵掠者が、勝手に山羊だとか牽強付会な意味付けをしているのである。
新大陸に侵掠した白人が先住民の居住地や財産を簒奪して、元からある物を自分達の都合のよい解釈で塗り固める様な感じである。 ヴィクトリアとか、エリザベスとか、クリスマスとか、これに似ている。
アメリカの肩は持ちたくは無いが、侵掠しても先住民にいちおー敬意は払っているのである。 アメリカの議会、引いてはアメリカ民主主義の根幹は先住民の大酋長会議を端に発しているのである。 先住民の部族連合を一つの国家の単位として認められているが、勿論それは飽くまでもアメリカ国内のみである。 実際は反古にしたり、殺し捲ったりと信義に悖る行為をして来ているが。
しかし、片や赤色支那の場合はどうだろうか。 この展示は最終的に有史以来から現在に至る迄支那の統治の正当性を鼓舞したいが為に催されているのである。 カム地方を一時期とはいえ蝕まれていたものの、チベットはそれこそ有史以来独立していたのである。
さて、第一にモンゴルが攻めたのでチベットは版図に組み込まれたか? 否である。 モンゴル帝国はチベット入りはしたものの、統治は行わなかった。 逆にチベットの薫陶を受け、大事に仏教の守護者として努めていった。 これは元の復活を企んだ清も同じ様な行為に出た。
さて、第二に明はチベットに冊封したから、チベットは明の属国になった。 これも違う。 冊封で一々属領となっていたら日本は江戸時代もずっと支那の属領である。 こんなのはイギリスで言う所の有名人に与える爵位の様なものである。 サーの称号を与えたからと言って、その人の住む土地が女王陛下の土地、引いてはイギリス連邦の土地になるか。 そんな訳無いよな? 現在もイギリス連邦を構成する国が有るが、それじゃあ彼の国々はイギリスの属領か?
そうではない。 カナダやオーストラリアはイギリスにいつまでも平身低頭するのか? こんな連中の言い訳なんか一々聞く事は無い。
勝者?の赤色支那が良い様に事実を捻じ曲げて改竄しているからである。
本当の歴史は、チベットは今でも占領下にあり、一切の法律に依る根拠を見い出せぬ儘不当な支配を続けている、という事実がある。 十七箇条協約も印璽は偽造だし、そもそも自分達で書いた条約すらも履行出来ていない。 有史以来統治を続けた事実も無い。 行政を敷いた事も無い。 税金を取った事も無い。
そして共産党は日本軍と真っ向から戦った事は無い。 事実は協力関係にあった事。 ジリ貧だった時にそれこそチベットに助けられた事。
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Last updated
2010.02.04 06:39:44
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