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強制はされなかったが、新入りはおとなしく郷に従ったほうがいいと打算で動いたのが間違いの元、5000円以上もする副教材の2枚組CDはまともに聴かれず、もう半年近く経った。
数日前、思い出したかのようにシリコンプレーヤに落とし、ドイツの言葉に耳を合わせる。 ベルギーの街路などでは、買物客を当てこんだ台車型アコーディオンのような音楽発生機をよく見かける。日銭を稼ぐおじさんが機械のハンドルを回し、フニャフニャと流れ出る平和なメロディ。そんな懐かしい記憶を呼び出させる音に乗ってゆっくりとドイツ語のtextが語られる。 なんだか妙な歌詞だ: Und der Haifisch, der hat Zähne, Und die trägt er im Gesicht. Und Macheath, der hat ein Messer, Doch das Messer sieht man nicht. '鮫には歯がある。でもこのナイフは人目につかない。' この後、Thames川がどうの、胸にナイフが刺さっているだの、意味有りげな歌詞が並ぶ。 シナトラなど往年のシンガーに歌いつがれてきたJazz Standard "Mack the Knife" の替え歌版か何かだろう。教本の中にSatireがテーマの章があるんだっけ。 それにしてもこのドイツ語版はひどい出来だ。何よりメロディに締まりがない。アコーディオンみたいな時代がかったフニャフニャ音も何とかして欲しい。どうしてわざわざこんな出来損ないがCDに入っているのだろう。5000円以上損した気分になるじゃないかい。 南ドイツ時代には、通勤中に Energy(NRJ) という典型的なPOPSラジオ局を選局する事が多かった。そして同僚のローマ人末裔Bからいつも同じ曲ばかり繰り返し聴いてて何が面白いんだと嫌味を言われていた。 ドイツやUKのラジオ局と音楽業界への上納金がどういう関係にあるのか しかとは知らない。今までの経験から想像すると、ラジオ局が日々の放送に必要なピンからキリまである楽曲の数々を、音楽業界を代表するパテント管理団体やレコード会社の類から放送許諾料を支払いまとめ買いするのだろう。 そしてそれらの原価が償却できるまで、即ち買った曲が擦り切れるまで永遠に電波に乗せ続けるのがこの世界の倣いのようだ。結果、ラジオ局毎に固有の、いつ聞いても同じ曲にお耳にかかる事が多くなる。 この音楽資産のバランスシート構造はUSでも同じと感じる。例えば東海岸に暫く貼り付いてた時は、KISS FMというラジオ局にはCoolJazzという括りで吹聴されるイージーリスニングの擦り切れラインナップが存在し、個人的にご贔屓のAnita BakerとKenny Gがそこに必ず含まれていた。他のリスナーが吐き気を催そうとも個人的にこういうのは歓迎。 この逆で、UKの朝の通勤途中に困るのは、比較的良く聞くラジオ局 Smooth の擦り切れラインナップに"Mack the Knife"が含まれていた事だ。こんなカビ臭い曲をどうして選んだのか、高単価のヒット曲と抱き合わせDiscountでパテント団体から買わざるを得なかったのか、想像するのもやるせなかった。 少なくとも俺は朝からそんなの聞きたくないんだ。しかも毎日。 因みに数十年前に日本に出回ってたJazzのStandard集では この曲は文字通りに ’匕首(あいくち)マック’という名前が付けられていた。昭和初期の翻訳なら仕方ない。いまや 「果物」が「フルーツ」に、「みかん」が「オレンジ」で平気な世代が多数派になってきた世の中だ。 ただ、Jazz Vocalものにはもっと夢とロマンと気の効いたタイトルがつくだろ。限度見本の下限のために存在しているようでもの悲しくなる。 ところが、である。無知をさらけ出すのはつらいけど、そこにオチがあったとは知らなんだ。 Wikipediaを覗いてみて驚いた: この曲は元々オペラから来ていて、ドイツ語版がオリジナル。しかもブレヒトが関係していたわけか。確かに自分の教材にはブレヒトの章がある。 舞台・演劇に関心がないので、ブレヒトの生涯やら三文オペラの話やらを幾ら授業で聞かされても記憶に残らない。後者についてはあらすじを知っているけど、so whatだしなあ。 でも今回の発見の段差は大きい。最も遠いと思っている場所からいきなり本丸近くに切り込まれるダイナミックな刺激には、いやでも関心が湧くものだ。 今月の終わりに小さな山を越える頃、頭でっかちの学生気分で "三文オペラ" でも読んでみるかな。いや、勿論ドイツ語の原文は第二の人生まで楽しみに取っておいて、翻訳で読むんだけどね。根性ないでしょ。 *** 補足 *** マック・ザ・ナイフはマッキー・メッサー お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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