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カテゴリ:絵画.・アート
華宵や彦造、将吉郎の挿絵は、江戸の読み本の流れをくむ、大衆小説という、マスプリンティングにより全国に広まっていったが、彼らの画はあくまでも挿絵、独立して絵画としての評価を受けるには、後年の鹿野氏による弥生美術館の創設をまたなければならなかった。 鹿野氏の大正ロマンは、必然的に竹久夢二に行き着く。夢二は、屈指のイラストレーターであり、流行歌作家であり、また数々の憂いを含んだ細腰の日本美人の画を描き、一世を風靡した。それこそ、マスカルチャーとアートの狭間を生き抜いた画家である。 鹿野氏は、平成2年、3000点に及ぶ夢二コレクションを基に、弥生美術館から独立して、竹久夢二美術館を同一敷地内にオープンした。 http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/ また、弥生美術館の収蔵品も、硬派の大衆小説系の挿絵に加え、中原淳一、加藤まさを、内藤ルネなどの少女雑誌系の作品群に手を広げて行き、マスプリンティング美術を指向することとなっていった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.02.18 23:35:56
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