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カテゴリ:陶磁器
Wedgewood社の経営破綻は衝撃だった。 1759年の創業以来250年続いてきた企業が 時代の荒波に呑み込まれたことになる。 そもそも、ヨーロッパの磁器産業は、中国の染付への憧れに始まった。 東インド会社によりヨーロッパ社会に持ち込まれた染付は 同じ重さの銀と同等の価値があるとされ 王侯貴族が争って購入していた その用途は、食器としてではなく、主にインテリアとして用いられた。 そのうちに、自国での製造をもくろむ王が現れた ザクセン選帝侯フリードリヒ=アウグスト一世(強王)である 王は、錬金術師ベドガーに、中国磁器と同じものをこの世に生み出せ、と命ずる。 硬質磁器の材料となるカオリンの発見を経て 最初のマイセンである褐色しゃく(火へんに石)器が生み出された。 今に残るマイセンのパターン「ブルーオニオン」 たまねぎとしてあらわされたこの模様は、実は「ざくろ」である。 中国のオリジナルではざくろであった模様が、たまねぎに見えたのだという。 この成功に基づき、各国でも染付を模した陶磁器の開発が進む たとえば、ロイヤル・コペンハーゲンの「ブルーフラワー」であり オランダのロイヤル・デルフトは、陶器の表面を白い釉薬で覆い それを磁器に見立てて上絵をコバルトで描いている 同様に、この磁器の風合いを醸し出そうとしたのが 骨灰を粘土に混ぜ込み、焼成するという手法であった。 いわゆるボーンチャイナの誕生である。 このボーンチャイナを製造した最大のメーカーがウェッジウッド社であった。 なんと壮大なロマンであったことか! 西洋陶磁を見るにつけ、このロマンを 海を越えていった幾多の染付の器や壷とともに思い出している。 その一角が、経営破綻ということで 先行きの不安を抱えているのは、なんとも痛ましいことである。 思い起こせば わたしが最初に集めた陶磁器は、ウェッジウッドの「ワイルドストロベリー」だった。
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