カテゴリ:キャンプ日記(キャンプ報告)
今回のキャンプ、観光のメインは草津、
草津と言えば・・・・ 湯畑は絶対にはずせませんね、 高温の源泉がたくさんの樋の間を通り抜け、滝のように落ちていく・・・ こうして熱い源泉が冷まされていくのですね。 この樋にこびりついた温泉成分の結晶が・・・ 草津名物の「湯の花」になっていくわけです。 湯畑は湯けむりと硫黄の臭いが漂う草津の名物、ここを見ずして草津は語れませんね・・・ さてこの湯畑、樋を通る前の温泉の中を見ると・・・ 木枠が沈んでいます・・・ この木枠、八代将軍吉宗がこの木枠の中の湯を汲み上げて江戸まで運ばせたという木枠・・・ 名湯草津の湯はその祖先の家康も秀吉に勧められ、湯を運ばせて入っていたとか・・・ これは湯滝・・・ 樋を通った湯はここで一気に下に落とされるわけです・・・ この風景はいつ見ても圧巻ですね~ 温泉好きでなくとも一見の価値ありです!! さてさて・・・ 草津と言えば硫黄泉というイメージですが、この湯畑源泉もそんなに高濃度の硫黄泉というわけではないのですよ・・・ 温泉というのは地球が作り出したスープのようなもので、一つの材料だけ入っていれば美味しいスープが出来上がるわけではないのですね。 硫黄・塩素イオン・硫酸イオン・炭酸水素イオン・鉄・ラジウム・二酸化炭素などなど・・・ 様々な成分が混じり合ってできています、硫黄分だけ入っていれば名湯になれるというわけでもないのですね・・・ 硫黄濃度だけでいえば、草津より濃い温泉はたくさんありますね草津が名湯といわれるのはただ硫黄分だけの話ではないということですね、 万病に効くといわれる草津の湯・・・ 実際にはどのような病の人たちがここで温泉治療していたのでしょう?、 それはね・・・ らい病(ハンセン病)と梅毒・・・ 草津にはハンセン病の療養所があり多くの患者さんたちがここで湯治をしていました、それは太平洋戦争が終結しハンセン病の治療薬が日本に導入されるようになるまで続きました、 らい病であったという豊臣秀吉の武将「大谷吉継」もここで湯治したそうですよ。 まあ今の草津は湯治場というよりも観光地・・・ 湯を楽しむ人が集まっておりますね。 近年草津の名物となっているオリジナルテディーベアの「草津テディー工房」・・・ このくまさんと記念撮影するのが流行りなんですって・・・ 温泉街のにぎわいも時代とともに変わっていくもの・・・ あ~!! ここのマンホールの蓋もちょっと変わっておりました・・・ 我が家の湯めぐりの旅も前回の西の河原大露天風呂でめでたく77湯目、 喜寿を迎えました、現在のところ還暦-寿和温泉ドリームタウン、古希-咲花温泉佐取館、喜寿-草津温泉西の河原大露天風呂です 次回は傘寿ですね・・・、 名残惜しいですがそろそろキャンプ場に・・・ ちなみにこんな明るいうちには戻ってはおりません・・・ 10時過ぎにキャンプ場を出発し戻ってきたのは夜8時(笑) 出発前に夕飯のカレーを煮てから行きましたので・・・・ あとは温めるだけ・・・ 翌日は帰り道の温泉による予定なので今回の草津観光はこれでおしまい・・・ あ~また来たい・・・ あ~そういえば・・・ 西の河原で光君を湧き出る温泉につけたら・・・ ものすご~く嫌がりました・・・ 草津の湯は嫌いな光君です。 今日は(も?)草津温泉のお話・・・ ではまた・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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