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じゅびあの徒然日記

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2007年06月27日
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ある日、某大学病院から連絡が入った。
衝動抑制の悪い躁うつ病で、気分の波が激しく妻子に手を上げる男性が、睡眠剤を大量服薬して川原に落っこちているところを、早朝警察が保護した、総合病院の救急で身体的管理は終わっており、精神科的治療が必要だが「大学は満床」なので入院を受けて欲しい、というもの。

お受けしたところ、救急車で妻と来院。本人はまだ眠っていた。
川原のテトラポッドであちこち打撲しており、全身傷だらけ。
それでも声をかけると返事をするので、醒めてきているようだった。
外傷の処置をしている間、PSW(精神保健福祉士)に別室で、妻から問診をとらせた。
その間に本人から、ポツリポツリとまとまりのない話を聞く。
まとまりのない話をまとめると、こんなところだ。

妻が、家族のある男性と、不倫をしている。
確たる証拠は無いが、どこのものか分からない、場所も名前も電話番号も記載されていないポイントカードが、妻の持ち物から見つかった、そういうのはそういうところのものだろう。
自分の携帯は、「女と連絡を取っているのなら、離婚する」とチェックされるが、妻の携帯はロックをかけて厳重に管理されている。
妻は働いているが、毎日深夜まで帰宅せず、子どもの面倒も看なくなった。
毎朝自分の弁当は欠かさず作ってくれる。
妻には、離婚を切り出されている。子どもは自分のところに残していくと言っている。
だが、自分は妻が好きでたまらず、妻の不倫相手が何食わぬ顔で、家族と幸せに暮らしているのが許せない、こっちは滅茶苦茶にされているのに。
週末が近づくと、妻がそのために出かけることが分かっているから、気分が落ち込み、イライラする。
手首を切ったので、大学の精神科にかかったら薬を出された。
昨日の夜も、妻がちゃんと話し合いをすると言っていたが、離婚の話だと分かっているから、深夜に車を運転して出て、堤防のところで薬をのんだ、そこからは、覚えていない。
妻や子どもに普段手を上げた事はない。むしろ逆で子どもに暴力をふるうのは妻の方。
だがここのところイライラが募り、子どもを叱るのに叩いた事は、確かにある。

彼は、自分の喋った話を妻にはしないでくれ、と言った。
そう言いながら、「奥さんが好きだ、離婚はイヤだ」とポロポロ泣くのだ。
...確かに、女々しい。捨てたくなる奥さんの気持ちも分からんでもない。

問診が終わったとPSWから連絡があったけれど、20分くらい経っても奥さんが診察室に戻ってこないので、尋ねると、外でタバコを吸っていると言う。
(一応)意識のない夫を診察室に残しているのに、だ。
自殺企図のある夫が、夜ひとり車を運転していなくなっても、警察にも届けず、探そうともせず、朝警察に発見されてから、病院へ連れて行った。
医者の前で「いやあ、またやりました。今度は切ったんじゃありません。薬をのんだんです」と夫の職場と携帯で話す(通常、後々のことを考えたら、職場に対してどうにか隠すのが普通だ)。

この奥さんに、愛情は残っていないな、と感じた。彼の話は作り話ではないだろう。
しかも、奥さんは、正直彼より上手だ。頭もいい(彼、ごめんね)。
大学は意識のない彼からは話を聞けず、奥さんの話をそのまま受け入れて、「躁うつ病の患者が、大量服薬した」と送ってきたのだ。

さあ、困った。これは妻の同意による医療保護入院はマズイぞ。
奥さんが診察室に戻る前にぼーっとしている彼をどうにか説得する。
「こんなことをして、家へそのまま帰るって訳にはいかないじゃない。私を信用して。絶対悪いようにはしないから。そんな奥さんの同意で入院するのはイヤでしょう。身体の検査が終わって傷が治るまででいいから、自分の意思で、入院しなさい。」

奥さんが戻ってきたので、今度はそちらから話を聞く。本人は横で寝ている。
夕べ車を運転していなくなって何をしていたのか分からないが、朝川原で警察に発見された。
「大学からはそう聞いたけれどあなたやお子さんに手を上げるの?」と尋ねると一瞬口ごもってから彼女は言った。
「普段は逆なんです。私が子どもに手を上げるのを止めるくらい優しい人で...でもこのところイライラするようで、私や子どもに大声を上げたりしたんです...。」

彼に、入院同意の書類サインを指示したが、出来そうにないという。
法律的に妻の同意でも入院できるという説明を奥さんには決してしないで、フルマゼニルを注射し、起こしてサインさせた。
彼を病棟に上げてから、外来カルテに記事を書いていると、病棟から「今入院された患者さんが暴れたので、指定医の指示で保護室に移した」と連絡が入った。
「そんなことをしてはダメ!彼は病気ではないんだから」と慌てて飛んでいく。
まだ施錠されていない保護室で、彼が大勢の職員に取り囲まれていた。
確かに彼は大興奮。「お前は俺をここに置いて行くつもりだろう!」と叫んでいた。
妻は涙ながらに「この人がこんなに興奮するのを見たのは初めてです」などと言っている。

彼は妻に「信じられないのは分かっているだろう」と、それでも人目を憚って、不倫とか浮気とかいう言葉を使わないで、妻が恥をかかないように話している。
それだけの分別があるのだ。
「俺がここに入院したら、誰が子どもを看るんだ!」とも言うが、他の職員たちは「奥さんがいるのに、訳のわからないことを言って」と受け取ってしまっている。
奥さんに先に手続きに行かせ、再度説得を試みた。
「アイツは俺をここに置いて行って、二度と戻ってこない」と泣き出す彼。
戻ってきた妻が、「暴れるからこんなところに移される。静かに入院するのよ。私はあなたのことを心配して連れてきたの。どこへも行かないわ。」とどこか、演技的に彼に話しかけていた。

結局彼は当初の予定通りの個室に移り、人払いをして奥さんと話をしていた。
(暴れることもあるので)外で様子を窺っていると、アイツには家族がいるじゃないか、というような話がポツリポツリと聞こえる。
妻は「俺のことなんかどうでもいいんだろう」と責められると「そんなことない」と言うばかりで、はっきりと男性関係を否定する様子はない。

病棟職員は、彼を保護室に入れなかったことに不満げだった。
「先生、結局隔離をしないのですか?」「普通の部屋で大丈夫ですか?」
私は、職員に言った。
「もし、あなたたちが、精神科の病院に入院させられる、しかも保護室に入れられそうになったら、死に物狂いで抵抗するでしょ。大声を出して暴れるでしょ。携帯だって渡さないでしょ。それが普通の感覚よ。それを忘れていない?彼は、病気じゃないのよ。」
恐ろしいことに、精神科の病院へ来た(普通の)人間が、「病気じゃない」「こんなところにはいられない、出せ」と叫べば、職員からですら「患者」にしか見えないのである。

入院後、彼は暴れることはなかったが、診察室で「奥さんが好きだ。どうしたらいいんだよー」と繰り返し泣いた。
妻は貯金なども、次々自分の名義に書き換えているという。
私は、大量服薬したり、手首を切ったりする行動で奥さんを引きつけておくのは無理であること、かえってそのような行動は離婚理由の材料になるだけであること、二度と精神科の病院に足を踏み入れるようなことをしてはいけないと説いた。
精神科の病院で医療費を払うくらいなら、弁護士に相談料を支払うべきだ、と。
1週間で退院と本人が告げると、奥さんが「どうしてたった1週間なのだ。主治医と面談したい」と要求してこられたけれど、「いろいろ悩みがあるようですが、ご夫婦でよく話し合ってくださいね」と話すと「はい」とあっさり引き下がられた。
もし、彼が次に同じことをしたとき、運ばれる病院はまず、別のところになる。
運ばれた先が、奥さんの話をそのまま信じたら、彼はドアを叩こうと叫ぼうと、閉鎖病棟に、場合によっては保護室に入れられてしまうだろう。
そのへんも、よく話しておいたから、二度とやらないと思いたい。
帰り際、彼は言った。
「先生、短い間だったけど、いろいろありがとう。じゅびあ先生と会えてよかった。」





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最終更新日  2007年06月27日 20時55分40秒
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