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カテゴリ:プシコ(精神疾患)な毎日
今日話すのは、重いテーマの話。
自殺企図をする患者さんとの治療契約、という話ではなくて、患者さんと治療契約をきちんと結んでおかないと、場合によっては精神科医自身が、希死念慮をもってしまう、という話だ。 実際に私の知っている精神科医でも、何名か...自殺した先生がいる。 精神科医自身が心の病にかかっていた場合ももちろんあり、皆理由はそれぞれだろうが...。 精神科に初めて足を踏み入れ、最初に受け持った患者さんのことを、私はよく覚えている。 14歳の中学生。完全に「少女」である。 診断は摂食障害。紹介されてやってきた時の体重は25kg。 体重を増やさないと生命の危機がある、ということで、上級医が入院を決定、退院の目標は体重30kgになるまで、だった。 家では母親にこんにゃくを鍋一杯煮させ、少しずつ食べる、というようなことをやっていた。 もちろん、上級医とペアでだが、初めて担当する患者さんということで、私も意欲的だった。 その病院の精神科病棟に初めて入院させる患者さんであり、私は当然ながら、病棟の細かいルールを知らなかった(ある程度勤めていても、細かい生活ルールまで医者が存じ上げないことは多い)。 例えば、朝主食として付いてくるパンは食べ残しても持ち帰り不可、だが昼食が麺類のときオマケについてくるパンは食べ残したら病室に持ち帰ってよい、など。 他にも、食事時間と延食に関するルール、洗濯に関するルール、買い物に関するルール、お金の管理に関するルール、タバコに関するルールなど様々な取り決めがあるが、はっきり言って普通でも医者はこういったことに無知。 まして、入ったばかりの病院ではどうか、と考えてみて欲しい。 彼女はことごとく、私がルールに疎いところを突いてきた。 「先生、○○看護師さんは、給食のパンを持ち帰ってもいい、と言ったのに、××看護師さんは、ダメだと言ったんです」 私は細かいルールを知らないから、そんな話を聞かされると「そう?おかしいなあ。確認しておくね」となる。 看護師は3交代だから、必ずしも該当者がその時に出勤していると限らない。 確認できるまで数日かかってしまう。 ところが、その間に、事件は起こる。 朝食のパンを持ち帰ろうとした彼女を、誰か看護師が見咎めて注意する。 朝食時だから、当直していない限り、私は出勤していない。そこで彼女が言うのだ。 「先生が持ち帰らせないのはおかしいと言った。先生の許可が出ているのに、看護師さんはダメって言うんですか!」 9時過ぎに病棟へ行くと、私は看護師に総スカンを食う。 「じゅびあ先生は、病棟ルールに反して、患者さんと勝手な約束をした。勝手なことを決められては看護が困るんです!」 朝のパンは持ち帰ってはいけなくて、昼のパンだけがいい、ということをその時初めて知った。 同時期勤務していた医者の中で、今でもそれを知っているのは私くらいではないか。 摂食障害の患者さん、というのは、自分の食べている姿を他人に見られたくない、ということが多い。 だから、決められた食事の時間には食堂に来ない。 例えば昼食が12時からなら、12時半頃には大体の患者さんが食事を終えるけれど、彼女は12時半過ぎ、さらにだんだん遅くなって、1時頃にしか食堂に来なくなった。 食事は食中毒の関係もあって、延食できるのは2時間まで、というルールがあった。 実際、検査や、差し入れのお菓子の食べすぎなどで、少し遅れて食事を取る患者さんはいる。 だが彼女は、1時、場合によっては2時ギリギリになって食事を始め、そこからノロノロと食べ続け、食べ終わるのは、2時半過ぎ。 「じゅびあ先生!患者さんが2時半になっても食事を終わりません。食事量のチェックもあるので看護師が一人、ずっと終わるまでついていなければなりません。いつまでも片付かなくて、他の業務に支障が出ます!」ナースステーションは、針の筵だ。 診察で、12時~12時半の間には、食堂に来る約束をしたものの、今度はその時間になると「便秘した」とトイレに立てこもり、出てこない。 結局約束に大遅刻して食堂に現れるが、「私はトイレに入っていただけなのに、食事を食べさせないのか」ということになる。 母親も納得しない。「体重を増やす目的で入院と、△△先生から聞いている。なのにどうして食事を食べさせないのか。」 そのうち、治療の効果か(?)彼女は拒食から過食に傾いた。 ここからまた、私の壮絶な闘いが始まった。 病棟のホールには、当時患者さんたち共用の冷蔵庫があった。 施錠はされていない。袋に名前を書いて、入れておく。 通常それほど高価なものが入っているわけではないし、比較的家族の差し入れなどが多い病棟だったから、皆それほど飢えていなくて、盗難のトラブルは少なかった(間違って食べた、というのもなくはなかったが、たいてい正直に白状するので、家族に弁償などしてもらって処理していた)。 だが、過食に傾いて、爆発的食欲の患者さんにとっては、格好のターゲット。 冷蔵庫から盗んでは、夜中に隠れて食べる。 盗んだことはもちろん拒否するが、ゴミ箱から出てくる残骸から、バレる。 だが彼女は能面のような顔で、それを否定するのだ。一切取り乱すことなく。 「それは母と昨日病院の売店で買ったものです。先生は私の言うことを信じてくれないんですか?それじゃあ、私も先生の治療を信じることが出来ません。」そう言って、わっと泣き伏す。 母親にすぐ確かめたくても、ちょうど面会に来ているわけでもない。 今のように携帯をみなが持っていて、すぐ連絡が取れる時代でもなかった。 2年目の先生が私に言ってくる。「僕の患者さんがアンパンを盗られたと言って不穏になっている。じゅびあ先生の患者がやったのではないのか。このようなことが続けば困る。どう対応するお考えなのか。」 彼女はアンパンを盗った事を否定する。 顔色一つ変えない彼女の横で、看護師に荷物を全て検査させたがアンパンは発見されず、無罪放免。 他の迷惑行為で保護室(余分なものは一切持ち込めない)に入ったところをモニターで見ていると、ボックスティッシュの箱の中から、アンパンを取り出し、むしゃぶりつく姿が見事に映っている。 認知症かかったおばあさんの、現金を3万円盗んだこともあった。 おばあさんの3万円がなくなり、彼女が3万円を持っているところを看護が見たという。 また2年目の先生が言う。 「また、先生の患者か!当然主治医共々僕の患者に謝るべきじゃないのか。」 本人に診察室で尋ねるが、「進級祝いに祖母からもらったもの」と言って譲らない。 もちろんそんな大金を病棟に持ち込んだはずがないことは私も分かっているから、根競べになった。 今思えば正気の沙汰ではないが、彼女の目の前で、公衆電話から祖母に電話をかけて、確認までした。 だが祖母は孫可愛さから「そんなこともあったかもしれない」などと言い出す。 結局、診察室で3時間かけて、落とした。白状させたのだ。 今でも彼女の、14歳とは思えない能面のような冷たい顔を、ありありと思い出すことができる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2007年09月13日 06時57分43秒
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