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テーマ:今日のアーティスト♪(629)
カテゴリ:ペルーの音楽・踊り
7年前に初めて見たとき、「お嬢!!」と思わず声をかけそうになった。
まだバックパッカー旅行中、チクラヨに立ち寄ったときにエバのコンサートのポスターを眼にし、遺跡見学をやめてコンサートに行くことになった。 間近に見るエバの姿に美空ひばりの風格を見出したのだった。 ペルーに来る衝動を与えた唄。 8年前の日本で当時名も知らなかったアフロ・ペルアノの曲を求めていったラテン音楽専門店。 オーナーが進めてくれたのがエバ・アイジョンのCDだった。 “Esta es mi tierra”の歌声に「そうだ、ペルーに行こう!」 あれから7年。エバのコンサートは2001年にボリビア、ラ・パスでのロス・カルカス(世界的に有名なフォルクローレグループでボリビアNo1)の結成30周年コンサートでのゲスト出演(カルカスのメンバーにアフロ風の腰回しを強要していた)、2002年クスコのFestival de cusco、昨年のリマでのマーク・アンソニーのコンサートの前座で見ただけだった。 私の記憶に間違いがなければクスコでは5年ぶりのコンサートになる。 ペルーには意外に無名なスサーナ・バカがアメリカに移住し、ラテン・グラミー賞をとって成功したのに負けじとエバもアメリカへ。ラテン・グラミーはまだノミネートどまりだ。 でもペルー人にそんなことは関係ない。クリオジャ音楽、アフロペルアノといえばエバ。ペルーNo1の歌手はエバ・アイジョンなのだ。 入場券は前の週の土曜日にパブでのライブでの踊りのコンテストで勝って入手した。 会場はJardin de la Cervezaと並ぶコンサート会場体育館Coliseo cerrado (Casa de la juventud). でも、席は一番安いスタンド席。アリーナ席、舞台からは遠い。 う~ん、下に降りたいわ・・同じ会場で行われたマリネラ・ノルテーニャのコンクールを思い出したりして。 あのへんで踊って~、表彰台にのぼるまであそこで待って~、なんてしみじみ思い出していたりなんかして。 よかったビデオカメラを持ってきて・・。ちゃんとアップも撮れる。 前座はボリビアの無名女性フォルクローレグループ。興味なし・・。 アフロペルアノで始まったエバ・アイジョンのコンサート。 カホンはエバ・アイジョンの伴奏で必ず出てくる奏者。 ボンゴ、カスタネット(カスタニュエラ)、コーラスはテレビの“Mediodia Criollo“でおなじみのパーカッショニスト。いつもニコニコとカホンやカスタニュエラやコンガを叩くので結構人気者。 この人ね 基本的にカホン一台だけだけど、ワルツやアフロのとき、出だしだけカホン2台になることがあった。コンガ奏者が出てきて、カホンを叩いて歌に入るころにはすぐにコンガに戻るということもしていた(イントロや間奏でカホンがアクセントをつけることがワルツや特にマリネラで多い)。 ワルツの他、アフロ系のランドやプレゴンのリズムを貴重にした新曲も披露した。でも聴衆は聴きなれた曲を聴きたがっていた。 “Mal Paso~!!” 聴衆がエバのLos Kipus時代の名曲をリクエストする。 ペルー一の歌手になっても、かつてのグループ時代の北部のワルツの名曲のイメージが強い。 途中、ピスコ地震の被害者に対する黙祷が捧げられる。 2分間の黙祷・・。 でも現実には1分もかからなかったような。 グルーポ・ニチェのコンサート時のときより短かったぞ。 有名な曲になるとみんな声を合わせて合唱する。 みんな私の後について歌ってね」 といっておいて、 曲が流れ出すと、彼女は黙ったままで、聴衆皆で大合唱。 「誰が先に歌っていいって言ったの?」 そのタイミングはさすが・・。 途中、今回のクスコでの滞在について語り始める。 「いつもは到着したらすぐコンサートで、終わったら“ハイ、サヨナラ”だったけど、今回はゆっくりとさせてもらっているの。あの豪華なモナステリオホテルに泊まらせてもらっているし、朝早く起こされて、汽車に名が時間も載せられて人ごみを抜けていったらね、そこには・・マチュピチュがあったのよ!」 「でもね、クスコでがっかりしたことがあるの。ある日教会に行ってお祈りを捧げようとしたら、入場券買いました?“って。失礼しちゃうわね。これでカトリック教徒が一人減ったわよ」 クスコをテーマにしたワルツの作曲をホセ・エスカハドリージョと企画中とか・・ 途中のアフロでコンガ奏者が出てきてサパテオ・クリオジョを見せた。 エバはますます成長している。アメリカ在住でブルースとかサルサなんかも歌っているらしい。 観客がなんというか未熟っていうか・・古いイメージばかり求めるんだよね。 終盤はLos Kipus時代のワルツになるとがぜん盛り上がってきた。 憧れの歌手のコンサートだったけど、箱が大きすぎて・・盛り上がりきれなかったね。 そういう意味で観客、会場、コンサートの企画のバランスってすごく大事と思う。 最後はアフロペルアノのフェステホで締めくくってコンサート終了。トンデーロやマリネラを歌わなかったことに多少不満が残る。 さて、その後はかつての恋敵とセントロに・・ 私は再びDan denのいるレストランDon Antonioに行こうとすると彼女は自分の夫の演奏する別のレストランに行った。 仕事でよく来るレストランにそうっと入る、まだ演奏中だった。ボーっと立ってみていると、コントロールの人に「入場料15ソーレス」って言われたけど、 顔見知りのウェイターが「彼女、ここで働いていから」と通してくれた。 「踊っていったら~」 といってくれたけど、 そのとたんにコンサートは終了になった。 バッテリーがなくなったビデオカメラ。でも記念撮影したいDan Denと写真を撮りたい。 同じメーカーのビデオカメラを持つ他人からバッテリーを借りて、バルベリータと撮影。そのあとは行きつけのパブに・・スナックバーのコーナーに行くと、今演奏していたばかりの黒人パーカッショニスト2人が! 思わず、バーの人のデジカメを借りてメモリーカードだけ入れ替えて記念撮影。 う~ん、私って運に恵まれている♪ 午前3時就寝、午前5時起床。 そしてマチュピチュに向かったのだった。 tycoon(タイクーン) 小型カホン CJ-18 ※お取り寄せ品です!♪フラメンコカスタネット CA-13PRO お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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