カテゴリ:~第3章~矢部教授、その恋
私はそれから芳子さん、あなたに会いたくて白木蓮の花の下へ何日も通った。
口実の白いハンカチを握り締めて。 だが、あなたはあの日を限りにそこへ来ることは無かった。 そして、私が次にあなたに会えたのは、8年後の浩介の婚約パーティーの席上だった。 美しい水色のドレスに身を包んだあなたがワイングラスを片手に私の前に現れた時、これは運命だと思った。 あの日の熱き思いを今、告白せん!とワインを持つ手が震え、服が濡れた。 そんな私の様子を見て、あなたは、 「ワインでお洋服が濡れていますわ」 と、やはり白いハンカチを差し出されましたね。 そして、 「あの時と、一緒ですわね」と、嬉しそうに笑った。 「あの・・・」 私がそういい掛けた時、浩介がやってきて、芳子さんの腰にそっと手を回した。 「よう!太一。俺達の婚約祝いに駆けつけてくれて有り難う」 私はその日の夜、酒神バッカスもかくやあらんと言った勢いで盃を重ねた。 「あなたのことが忘れられませんでした~。 良かったら、私とお付き合い下さぁい・・・・・・。けっ!」 私は彼女に言いたかった言葉を酒の勢いを借り、虚しく独りで呟いていた。 成り上がりとは言え、巨万の富を築き、財界にも顔が利いていた円城寺家の子息(いや、愚息)浩介と、一介の貧しき町医者の息子の私とでは、格が違い過ぎたのだ。 芳子さんは旧華族の血を引く名家の出で、その品の良さと美しさは群を抜いており、 「円城寺の大うつけに、あたらあのような美女は勿体無さ過ぎる」 との町の人々の評判を聞くにつけ、家の借財の肩に嫁いだ芳子さんの身が不憫でならなかった。 私は告白の言葉をぐっと呑み込んで、彼女に相応しい男になるべく、当時としても珍しい海外留学を決行したのであった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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