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テーマ:ささやかな幸せ(6740)
カテゴリ:自分育て
最近、登録しているいくつかのアンケートやモニターのサイトから、「あなたについてのアンケート」や「持ち物についてのアンケート」が立て続けに届きました。 回答していて、「□どれも持っていない」にチェックすることが多くなった今日この頃・・・・。 家電製品は、結婚するときに揃えたっきり一度も買い替えをしていないし、車に至っては十年前に中古車買って走行距離も10万キロを越えていますが、まだまだ乗る気だし・・・・。 せいぜいチェックするにしても、PCやプリンター、デジカメ、携帯くらいなもんです。 最近は、ご飯は土鍋で炊いてるし、電子レンジはあまり使わなくなったし・・・・。壊れてしまったら買い替えしないでも良いかもって思えるものもたくさん出て来ています。 でも、皆さんここに書いてあるような、さまざまな電化製品を使ってあるんだなぁと思うと、買ってみようかしら?と購買欲を刺激されることも確かです。 「へぇ、こんなものがあるんだ!」 「最近は、こんな風になっているんだ!」 まだまだ、「物欲」は塊となって私の中でどっしりと構えているようなので、何かにつけてムクムクと入道雲のように大きくなってきてしまいます。 でも、そこでstop! 良い食材や、芸術的な事、体に必要なもの、環境に良いものなどは、多少お金がかかってもそっちを選び取るけれど、無くても暮らせるものや今あるもので代用できるものは、頭を使って体を使ってやってみる事に決めたんだった・・・・。 暮らしをSIMPLEにするためにも、頭からも心からも、家の中からも、無くても良いものを削ぎ落としていく事に決めたんだった・・・・。 こういう時は自戒の意味も込め、「暮らしの手帖」という雑誌の阿久 悠さんのコラムを読み直すのです。 日本人らしい人7 「かつてあったやせがまん」 悲しい時に 悲しいと言い 寂しい時に 寂しいと泣き 暑い時には 暑いと身悶え 寒い時には 寒いと文句をいう それはそれ 素直な生きかたと言おうか 素直な表現の仕方だと思うか でもそればっかりだとね 素直さも 率直さも 生きかたといえないことになる いちいち口に出して ピイピイ言うようじゃ大人じゃないし 悲しい時には よくしゃべり 寂しい時には 静かがいいと言い 暑い時には きちんと襟を合わせ 寒い時には 薄着で粋がる そんな人がかってはいた 風流と言う言葉があって 日本人はこれが好きで 夏でも 冬でも 風流だと楽しんでいたが 思えばあれはやせがまん よくよく考えて見ると とてるもなく滑稽な 無意味なやせ我慢だけれど 何か妙に可愛いし 愛しさもある 満たされない時代には 不足の分だけ風流にして やせ我慢を通してきたと思うと 文化だね 生き方だね なんて思えてくる やせがまん あり余る時代の中で それを考えるのも美学かもな 少し前、僕が山のように書いた作詞の主人公達の多くは、やせがまんをよりどころにしている男だった。損でも、滑稽でもいい、見苦しさや、恥ずかしさがあるよりはと、奮闘させたのである。その時代から、そろそろ男が心の美を求めなくなっていった。 (「暮らしの手帖 28号」 阿久 悠著) 風流で、粋なやせがまん。 心の美を求めて、追求してみましょうか。 満たされない分を、不足の分だけ風流にしてのやせがまん。 見苦しくなく、恥ずかしくなく・・・・・。 凛とした人であるために。 かつてあった日本人魂を思いだすために。
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