外交は今も昔も苦労が絶えなかったようで、
遣唐使の代表として50年ぶりに唐を訪れた「粟田真人」
も藤原不比等から密命を託されていた。
前回は留学僧として、
今回は執節使として。
だが唐は「則天武后」が治める「武周」に変わっていた。
当時62歳の「粟田真人」
いくら唐に行った経験があるとしても、
還暦を過ぎた高齢な人物が派遣されるということは、
他に人材がいなかったのだろうか?(現代も同じ
)
だが、老いを自覚しつつも、
やっと国の体制が整ってきた日本を代表して、
中華思想でいう冊封国としてではなく、
対等の関係を築こうと、命を賭して
あらゆる人脈を駆使し知恵を働かせる。
政治家はいつの時代も大変ですね。
国民の代表として国を背負っているのだから。
よっぽどの誇りと覚悟がなければできない仕事です。
今の日本の政治家は誇りも覚悟もない。
迷宮の月 [ 安部 龍太郎 ]