|
カテゴリ:未分類
伊勢原市歴史、史跡探訪ハイキング(三ノ宮、善波、聖峰)エリア
(一般の社寺は除きます) 箕輪駅跡 鎌倉時代以前の古東海道の駅の1つ。 馬12頭を置き、国司の送迎や官用に供したという。 矢倉沢往還 東海道の脇往還として整備された。 江戸から相模中央を横断し、駿河を経て、伊豆の三嶋神社で終わる。 市内で最も古道の雰囲気残しています。 太郎のちから石 石の上部にある二本の筋状の部分は、鎌倉時代の武将善波太郎重氏が下駄で力踏したときの跡と言い伝えられている。 直径1.5メートルほどの大きな石。 ※あくまでも伝説ですが、もしかしたらなんて! 三嶋神社 春の桜(しだれ桜)が見事。神社の前は、鎌倉時代初期の武将善波太郎重氏の居館があったという。 長福寺 十一面観音を本尊とする。 観音堂は1737年、地頭小幡氏により最高された。 近藤如水により龍、天女、花などが描かれています。 近藤如水の墓 地元出身の絵師1804~62年の墓。 江戸、京などで画を学び帰郷。地頭の小幡氏に画技を愛されたそうです。 長福寺観音堂や市内旧家、伊勢原の周辺の社寺に作品が残されています。 養国院痢病尊 江戸時代(1716年~36)地元宇佐美氏の老母が重病にかかった時、痢病神という天女が現れ、病が全快した。 痢病神 養国院に社を建て、痢病神を祀った。 勝興寺 寺に立ち寄ると、住職が出てきてよかったら、本尊もぜひ見ていってくださいと。 寺の境内がすごく整理されていて、庭木の雰囲気もいい感じでした。 薬師如来坐像 遠慮して手前で撮ると、どうぞ前の方に行ってどうぞ・・と 今気が付きましたが、住職が少し斜めから撮ってはと・・。 その意味がよく理解できずパシャリ! 薬師如来坐像の一番大事な部分が、置物の影になって隠れてしまいました。 こういうことだったのか・・・。 保国寺 江戸時代この寺の住職であった考戒は、幼児の健やかな成長を祈り地蔵尊の大像と百体の地蔵尊を作った 。 百体地蔵尊(廻り地蔵)と子育地蔵(右奥) 聖峰不動尊 ここは高取山のすぐ下にあり、不動尊の前から東京、横浜、湘南まで一望できます。 元日には、聖峰(ひじりみね)に、初日の出を見に多くの人が集まります。 江の島の上方に日が登ります。 この画像だけ、2月にごろに撮影したものです。 標高は調べていませんが、400メートルくらい?。 ここに登る山道(九十九曲り)の両側には桜並木があり、桜の季節がお勧めです。 この山の裏を下り、さらに進むと高取山。 「高取山・鷹取山」って、あちらこちらにあるんですね。 ここは神奈川県伊勢原市です。 途中県立搭の山緑地公園によって来たら、昨年の9月末にイノシシに襲われる事故があり、安全確認のため、3月ぐらいまでは公園内に入ることは現在禁止になっています。 昨年、9月末にわたしがクマの足跡らしきものを発見したところ。その後近くで、クマは一頭は捕獲。 イノシシはある程度の捕獲はしたようですが、数が多いので何処までが安全か?悩みどころのよう。 私が訪れた翌日の事件で、一人が重体。 4月頃には開放したいとの事でしたが・・。 神奈川県立公園ニュース 3月25日(土)、神奈川県山北町に「県立つぶらの公園」が開園されるそうで、新しい富士の景勝地が誕生します。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.03.18 18:50:20
コメント(0) | コメントを書く |