さて、本日からまず先週のサハリン遠征についてご報告します。まずは8月12日(日)の前半。
ロシアについては、英語以外に少し勉強した初めての言語がロシア語であったこともあり、ソ連の時代から一度行ってみたかったのですがなかなか実現できませんでした。特に極東ロシアなど、サハリンを含む日本から近いところにあるロシアに関心がありました。最近では飛行機のフライトも昔より増えたりして、昨年くらいからウラジオストクやサハリンを候補地として具体的計画を検討し始めたところ、ちょうどこの本↓も出たりしたのでサハリンに行ってみることにしました。
ただし、サハリンへ行くには札幌または函館からのフライト、もしくは稚内からのフェリーになるのですが、いずれも便数が少なく、予定が立てにくいこと、またロシアのビザも、ソ連時代とそれほど変わらず事前に交通手段やホテルを押さえていないとビザがとれないということで、まだ個人で完全に自由に行くには少しハードルが高いところです。今回もサハリン部分は専門旅行社に依頼して交通手段とホテルの予約をしてもらいました。
それでも札幌からは飛行機で1時間、かつて樺太として日本が日露戦争後、終戦までの40年間統治していたことを考えれば親近感を感じるところです。サハリンの州都ユジノサハリンスク(日本語では「南サハリン町」というような意味です)は、日本時代は「豊原(とよはら)」といって、札幌にならって街を建設したので碁盤の目のようになっています。戦後は日本人が引き上げてきたあとも、韓国・朝鮮系の人は歴史に翻弄され本国に帰れず(または帰らず)そのままサハリンに残り、今でも万単位で韓国系の人がたくさん住んでいるところも印象的です。
サハリンの歴史等の話はWikipediaのこちらをご参照ください。
そのような日本式建物の典型な例がこれです。今はサハリン州郷土史博物館として使われています。かつては樺太庁博物館だったそうです。
さて前置きが長くなりましたが、この日撮影しまくった写真集その1はこちらのアルバムからご覧くださいませ。時系列に並べていますが、思わず珍しいこともあって意味のなさそうなものも撮っております。。