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出羽の国、エミシの国 ブログ

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2006年02月25日
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発掘された日本列島2005をみて来た。

 文化庁主催の日本全国で発掘されたものの展示会で毎年、
全国の博物館をまわっているそうだ。
本やテレビではない、実際に発掘された本物を、
現地の博物館まで行かなくても見れるのは、こういう特別展ならではのものだと思う。
会場には、発掘の様子がわかるように現場の全体の地図やミニチュアなどが作られていて
わかりやすくてよかった。

 まず、入り口には 壁画の剥落と、その修理保存で有名なキトラ古墳の内部が
実物大で再現されていた。
石室は、縦横 1メートル強、奥行き2.4メートルという 大体、畳一枚分の広さ。
思ったより、窮屈な広さだった。その中での修復作業は、さぞかし
神経を使うものだろうと想像される。本当に”百聞は一見にしかず”だと思う。

 吉野ヶ里遺跡の銅鏡(弥生時代中期後半)とイモガイ製腕輪、
王墓山古墳(古墳時代後期、香川県善通寺市)の金銅製冠帽、
巣山古墳(古墳時代中期初頭、奈良県広陵町)の水鳥形埴輪など、
インパクトのあるものが多くかった。

 たくさんある遺物の中でとくに興味を惹いたのは、
池上曽根遺跡(弥生時代中期、大阪府和泉市・泉大津市)から出土した
長さ 6.3cmという弥生時代最大級といわれる巨大な勾玉と、
林ノ前遺跡(八戸市)の平安時代後半の銅製刀装具と鉄鏃(てつのやじり)などであった。

 巨大な勾玉は、大きさだけで圧倒される。ペーズリー図にも似た、独特な形のものが
日本古来から長い間伝えられ続けてきたのはなぜなのだろうかとあらためて不思議に思う。

 また、林の前遺跡の調査遺構の配置図やその説明も興味深いものがあった。
当時のこの地方は古代大和朝廷の力の及ばない地域とされている。

 丘陵の斜面に密集した集落が築かれていて、多数の竪穴式住居と掘立柱建物、鍛冶炉跡、
東海地方産の壺や瓶、鉄製品の鏃(やじり)や馬具などが発掘され、10人分の打ち捨てられた状態の人骨も発見されたという。

 蝦夷といわれ 孤立していたと考えられがちの場所だが、
少なくとも東海地方との交流があったことが考えられるし、
馬具があったということは、馬がいたことがわかる。
また、他のことがらから 戦乱があったことも想像される。

 ところで多くの遺跡の多くは、人里はなれた小高い山や森にある。
道路やそのほかの開発のために掘った際に、発見されることが多いようだ。
発掘のあと、そのまま保存されればよいがそうばかりとは限らないだろう。
掘発と開発は、表裏一体で、歴史の新発見と同時に 少なからずの遺跡の破壊という代償がついてまわる。
発掘は時間とお金がかかる作業でもある。こういう発掘の遺産は本当に大切にしてほしいと思った。

こういう企画ものは本当におもしろい。





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最終更新日  2006年02月28日 01時00分09秒
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