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やる気 New! mamadocterさん

2009.02.09
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カテゴリ:NAET
己の髪と格闘すること約3日。
一生懸命くるくる乾かすと、ただボサッとはねたような髪になり
自然乾燥すると、懐かしのソバージュみたいになることが分かりました。(涙)

モヤモヤしつつ、何となく深く考えないままいたら
何だかまたどんどん調子が悪くなってきて
頭はパツパツだし
何事もネガティブにしか考えられないし
なんか満腹感を感じにくくなってるし
楽しいこととか思いつかないし
しまいには夫のちょっとした一言で泣いたり・・・

どうしちゃった俺!?
パーマ液で脳がやられたか!?
なんて冗談半分に言いつつ、NAETに行ってきた本日。

筋反射を取ってもらううち、分かっちゃった。
別にパーマ液にやられたわけじゃなくて(←当然)
実は私の乙女心が大いに傷ついていたということ。

最近めきめきと湧いてきていた乙女心。
美女になっちゃうぜ♪とうきうきしていた。
が、思い描いていた髪型とは程遠いことに。
一気に遠ざかる美女道。

ショックなんだけど、
じゃあまたパーマをかけ直すとかストレートに直すとか
そういうのでこれ以上髪を傷ませたくないし
何よりカットは非常にうまくて何年か信頼して世話になっていた美容師さん、
に苦情を言って気まずくなるのは避けたかった・・・のだった。

というわけで、解決策が見当たらない以上
深く考えないことにするべし!
とどうやら私は自分の傷ついた気持ちにフタをして
感じないようにしちゃってたみたい。

意外と繊細だった乙女心・・・
治療してもらいながら、泣きそうになってる自分にびっくり。

で、その後ホルモンの治療に入ると
モモに何度も手を上げてしまって非常に落ち込んでいた時の気持ちや
そもそも手を上げる原因となった「モモと気持ちがつながっていない感」
(↑これは自分の中では言語化できていなかったけど、言われてみて「ああ!」という感じ)
それ以前、生後半年間、無意識に「いい母ちゃん」をやっていた時の気持ち
などなど出てきて、もう涙腺決壊。
だくだく泣いたのでした。

「いい母ちゃん」に関してはね~
あのホメオパスの一言で気付いて以来、
ああ~俺ってばまた無意識に目指しちゃってた!
むしろ超やる気ない母ちゃんのつもりでいたのに!
無意識っておそろしー!

と、どちらかというと「またやってたよ俺」的な
半ば蔑んだような気持ちを持っていたのね、気付く前の自分に対して。

元々私は「一生懸命系母ちゃん」にすごく嫌悪感というか
バッカじゃないの~?的な気持ちを持っていて
なんとか教育をやってます~とか
食べ物はこだわりの自然食しかあげないんですの~とか
接し方はこんな風にあんな風にして、どうでこうで・・・
リネンの服着て笑顔を絶やさず赤子は常にスリング抱っこ、とか
おんぶで常に密着育児を!
みたいなのがすっっっっごい嫌いだったわけ。

んーとそうだなー、「自然派系一生懸命」が一番鼻についてたかな。
自然派という名の不自然派!とか言っちゃって。

正直言ってもうね、せせら笑ってたんだよね。
その一生懸命さが子供には一番ウザいんだよ!とかいって。

妊婦の時、なんかの集まり(整体だったかな)で隣に座ってた母ちゃん(3人子持ち)
と話してたら「自然食仲間が~」とか言い出した時点で
「出た!自然食母ちゃん!」と300メートルぐらいドン引いたり。
えらいこと嫌いだったのよ、本当にそういうの。
で、自分は全然違うテキトー母ちゃんのつもりだったの。

そのバカにしてた人たちと、自分が全く同じ方向のことを
無意識にやってしまっていた、というのが正直かなりショックだった・・・。
というか、むしろ自分の中に濃厚に存在する要素だからこそ
目に付いて嫌いたくなってたんだろうね~。本当は。

「私が」幸せであることが
子供を幸せにする唯一の方法、と
頭ではすごくすごく分かってたつもりだったのに。
だったのに~!!って。

頭で分かってる「つもり」のことを
腹の底から本当には分かっていなかった、
自分がどうしたら幸せなのか、その一瞬一瞬の問いかけが相変わらず全然できない自分、
への苛立ち?蔑み?

頑張っている人をバカにして、自然体であるかのようなポーズを取って
ポーズどころか自分でも本気で自然体だと思い込んでるくせに
実は誰よりも無理して頑張ってヘトヘトになっている、
相変わらずな自分への、もういい加減にしろよって気持ち?

でもさー
当たり前なんだけど、あれも私なりの「愛」だったわけじゃない?

モモに幸せに生きて欲しくて
私みたいに困った自分と格闘するような人生を送ってほしくなくて
全力で愛情を注いであげたい、
という気持ちが「無意識に」全開だったわけじゃない?

それが分不相応で無理やりな努力で
見当違いでお門違いで
結果的に私もモモもボロボロな感じになったとは言え。
「大事な大事なかわいいモモちゃん」だったんだよね。
ほんとに大好きだから頑張っちゃったんだよね。

と思ったらすごい泣けてさー。

結果的に失敗な感じだったとしても
あれは愛だったんだなーという点で、自分を認めてあげなきゃなー
と思ったのでした。

と同時に、世間の全ての親の様々な奇行の数々(?)
(もちろん自分の親も含めて)も
ごく一部の極端な例外を除けば、多分そもそもは愛なんだよなー

とか思いながら
複雑な気分でウトウトしたのでした。

そうそう、何ヶ月か前に気付いたんだけどね。
私は自分の人生の苦しさの、責任を無意識に親になすりつけてた分、
その同じ分だけ、我が子の人生の責任を自分で背負い込んでたんじゃないかな。

だってそうでしょ?
私の人生がほんの一部分でも「親の影響で」「親のせいで」
どうにかなってしまったんだとしたら
同じように我が子の人生も「私の影響で」「私のせいで」
どうにかなってしまう、というのが道理。
じゃないと理屈が合わない。

親に対して「ああして欲しかった」「ああして欲しくなかった」
という思いがあるほど
同じルールで自分の子育てを「こうするべき」「こうするべからず」と
無意識に縛り、裁くことになる。
人を裁く分だけ自分が苦しむんだよね、結局は。

自分の人生の責任を自分で引き受けていない人ほど
子供のことに一生懸命になってしまうのかもしれない。

何度手放したと思っても戻ってくる親への怒り。
全ては自分の責任なんだ、
親が私にしたことは、全て私が「させた」ことだったんだ、
私は被害者だったことなんてただの一度もないんだ、
と頭で分かったつもりになっても
どんなに深いところまで納得したつもりになっても
むしろ一時は世界が引っくり返ったぐらいのショックとともに気付いても・・・

たまーにふとした瞬間、やっぱり強ーい親への怒りが湧いてくることがある。
奥底の方では、まだ「親のせい」にしたい自分が消えてないみたい。

そんな自分が存在する限り
どこか被害者でいる限り
私はその分だけ子供への「加害者」であり続けるんだろうと思う。

もっと一瞬一瞬、本当の本当に自分がどうしたいのか
誰のためでも誰のせいでもない自分の気持ち、に正直に生きられたら
親との関係も子との関係も、良くなると思うわけ。

はーなんか疲れた。
で、髪の毛どうしようかなー。
返金・・・とかしてもらえないかしらね。





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最終更新日  2009.02.09 16:49:46
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