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カテゴリ:歳時記
はじめて中国に行ったのは1986年。卒業旅行に30万円、学生ローンで借りた。
当時は自由旅行は香港からしか入れなかった。「地球の歩き方」を片手にバックパックを背負って歩いた。自由旅行だからもちろんガイドなんていない。プラン作りと宿の確保、それから移動手段の確保を平行してやる。 香港から入った僕は鉄道で広州に入った。まず海南島を目指した。移動に金はあまりかけられないので、バスで行くことにした。省略。 帰りは飛行機に乗った。飛行機だとあっという間に広州に着いた。旅の目的はシルクロードだったので、空路ウルムチに入った。微熱があった。飛行機をキャンセルするのはめんどうなので強行した。たよりになるのは自分だけだった。省略。 ウルムチは大きな街だった。ウルムチに数日滞在。目の色がグレーや青いひともいて、また肌の色も違っていたので、全くもって驚いた。アラビア文字のようなウネウネした看板が見えたりもした。頭にイスラム帽を被ったひともいた。おまけにナイフを持っているんだな。若いのが。ちょっと警戒しながらあっちこっちいった。省略。 バックパッカー同士で相乗りして、クルマに乗って、郊外に出たりなんかもした。滝が凍っていた。ダイヤモンドダストを生まれてはじめて見た。省略。 ウルムチは、気温が低く、香辛料の効いたシシカバブが非常にうまかった。道端で売っているハミウリが非常に冷えていてこれまたうまかった。省略。 バスターミナルからバスに乗って、トルファンへ移動。なぜ、トルファンに決めたのかは全く不明。天山山脈を見ながら、砂漠の中をひた走る。最初のうちはいいが、なれてくると飽きてくる。砂しかない。省略。 トルファンに着いて驚いた。気候が温暖。人種は不明だが、ウルムチとはまた人種が違った。白い帽子を被っていた。省略。 高昌故城までロバタクに揺られて行った。行ったけど見たけど、値打ちがわからなかった。結構な距離だった。省略。 ウルムチに戻って、上海まで鉄道で帰ることにした。コンパートメントで中国人と2人。名前を文秀といった。共産党の「幹部」だと言っていた。最初は筆談を交えながら、会話をしていた。しかし、2泊3日はもたない。省略。 許明枝が家に留めてくれた。省略。ホテルはどこもいっぱいで、他の国からのバックパッカーたちといっしょに廊下で寝た。シャワーを浴びたが水だった。省略。 許明枝たち上海の街を案内したくれた。巨大な街だったけど、いま写真で見るような街とは大違いだった。省略。 出発の日、許明枝や文秀たちが見送りに来てくれた。海路、鑑真号で大阪南港へ。海が荒れた。省略。 90年代に再度訪中している。パックツアーだった。上海、南京、北京。省略。 北京で京劇を見た。省略。 それ以来、中国は行っていない。街は大きく変わったことと思う。省略。 明後日からいよいよ北京五輪だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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