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カテゴリ:ちょっと思うこと
新型コロナウイルスに感染しないようにするのは、普通の人の普通の感覚だと思うけれど、このウイルス感染で何人が命を落とすことになるのか、ちょっとだけ考えてみたが、単純に死者の数で危険度を比べるというのはやや不謹慎でもありますので、視点を変えて考えるためと了解ください。
例えば、インフルエンザで命を落とす人は日本国内では毎年20,000人弱出ています、これは1日あたりに換算すると54人が亡くなっているということになりますから、そこを考えると今回のコロナウイルスは、未ださほどの死者を出していないので危険度はさほどでは無いとも思えるのですが、現在までの新型コロナウイルスの感染者に対する死者の割合は世界では3.5%程度といわれていて、インフルエンザの感染者に対する死者の割合0.2%に比べると数的割合では10倍以上危険度はあると言えるでしょうか。 しかし、分母となるコロナウイルスの本当の感染者数はもっと多いが、知らないうちに治ってしまう軽症の感染者が割と多いかもしれず、それを含めると2%前後の人が死に至ると考えるべきかもしれません。 例えばイタリアでは3月12日の統計で、1016人が死亡していて、感染者は17000人程度は確認されているようですから致死率は6%にも達しますが、実際の感染者数というのはなかなか正確には判りませんから、実際の感染者はもっと多いが、検査で陽性を確認した数が17000人程度という様に考えるべきでしょう。 では日本でもイタリアのように爆発的な感染が広がるのか?ということを考えると、中国からの観光客を全面的に止めなかった初期の水際防疫に失敗し、クルーズ船ので爆発的な感染者の増大後乗客を下船させたという背景があることを考えれば非常に少ない感染者と死者数であると言えると思います。 イタリアと日本の文化の違いなどを考えると、スキンシップの少ない日本人、マスクの着用が普段から日本人は多いこと、洗浄式便座の普及率や手洗いの習慣など、日本の方が感染の爆発的増加にはつながらない可能性が高いかもしれませんから、大惨事には至らない可能性も少しは残っていると考えたいです。 しかし、今後日本でも爆発的な感染者数の増大という事態に及ぶ可能性もあるため、今何かを語るにはタイミングは適切ではありません。 そして、この新型コロナウイルスで気を付けるべきことに、一度目の感染で抗体ができて軽症で終わり、免疫がついたと喜んでいると2度目の感染で重症化する、抗体依存性感染増強と呼ばれる症状を起こす人が少ないながら中国で確認されていることでしょうか。 そして亡くなって行く方の中に多臓器不全を起こして死に至る確率が比較的多いことが判って来ているし、インフルエンザウイルスと異なり、ウイルスの受容体が体中に存在していることも、感染力の高さに繋がっていて、喉と肺に主に感染経路が限定されるインフルエンザとの違いが特徴的であると感じられます。 いずれにせよ未知のウイルスであることで、未だ解っていないことが多く、楽観的になるべきではないと言えます。 死者の数ということを言えば、日本の国内で一年間に死亡する変死者の数は15万人以上ということがあって、遺書がある自殺者は3万人ほどであると言われますが、遺書を書かなかった自殺者が実際には多く、自殺にカウントされない自殺者を足すと10万人以上であることは確実だそうです。 日本での20歳代~30歳代の死亡者の原因は自殺がトップです。 危険なインフルエンザの死者は年間2万人程度ですが、自殺者はおそらく11万人以上と考えられ5倍以上の人が1年間に自ら死を選んでいるのです。 2万人の死者と言えば先日3月11日・・・、東日本大震災での死者が約2万人ですね・・・・・。 自殺する人の数と、死にたくなかった普通の人が死ぬことを数で比較するのは正しい比較では有り得ないし不謹慎ですから軽々に論ずべきではありませんが、あえて言うなら国家として年間10万人以上の人間が絶望して死を選ぶ国ということを重く考えるべきとも言えるのではないでしょうか?なぜなら地震や津波、未知の感染症の発生などと違って人の努力で食い止めることが可能な事柄であるからです。 もしこの新型コロナウイルスでの死者数が1年で10万人を超えた時、鬱病の危険度と同等と言えるのでしょうか? 話を新型コロナウイルスに戻してみて、死者の数という異なる視点から見てみると、新型コロナウイルスに対し、特別な対策を採らない場合でも感染者の5%以下の死亡率で推移する可能性が高く、問題は感染を爆発的に広げないために人々は何ができるか?ということに尽きるのではないかと解って来る。 そうしてみると感染を広げないためのマスクの着用と、多数の人の集まる集会を停止するだけで殆ど爆発的感染を防止出来ることが判る。 満員電車での感染拡大をあまり聞かないのは電車の利用者がほとんどマスクをして、咳が出るような症状を持つ人は電車利用を控えるなどの配慮が出来ていることが伺われるのです。 現代のように病気の原因が何であるか分析出来る時代だから、コロナウイルスの感染症で死者が出ていると解るのですが、もし200年前であったなら、風邪をこじらせて死ぬ人が多い年というだけのことだったということになるのでしょう。 どんなに健康に気を使って生きたとしても人は必ず死ぬ。 外れるかもしれないが、この新型コロナウイルスでの死者は年間の自殺者よりも少ない人が死ぬ程度に収まるかもしれない・・・。 人は必ず死ぬ病を背負ってこの世に生まれてきたということをもう一度よく考えてみようではないか・・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020.03.15 16:31:42
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