第一章 初めての戦い
目が覚めた。 相変わらず深い森の中の小さな小屋の中である。 ここに住んでいる老婆は、今までの師であったDMに教えられた、「最強の暗殺剣を持つもの」らしい。名をリ・レンシュンという、自称高麗時代(たまに新羅時代という)から生きている凄い人だ。 普段はそんなものは見せないが、一度だけ恐ろしい殺気を感じてからは出来る限り敬うようにしているのである。そんな人だから、木刀の素振りしかさせてもらえなかったDMのもとにいた頃とは見違えるように強くなれる、と思っていたが、大して変らないようである。 こっちは素振りをしろ、とも言ってくれない。 その殺気というのも、最初に見てからかれこれ十日たつのである。 こちらもダメか、と思い始めたときだった。 「旅に出るよ。」 「へ?」 「へじゃない。はい。」 「はい・・・」 唐突に言われたものだから、わけがわからなかった。有無を言わさず連れて行かれた。 朝だったので、十日前の夕方に迷いに迷った山の構造も、なんとなくわかった。 しかし目の前にいる小柄な老婆は歩くのが早い。仙人か何かだろうか?とも思う。 「なぜいきなり旅をするんですか」たずねてみた。 「感じた。」 「何を?」 後は無言という始末だ。 しばらくすると、村に着いた。 ここに留まるようだが、なんとなく、村は嫌な空気に包まれていた。「ここになにかありますか?」 「うむ・・・」 一番大きな家に二人は入った。 一人の目つきの悪い男に、「何があった?」とレンシュンは聞いた。 その男は「盗賊が来まして、この村から金や食料や美しい娘を差し出せと脅してきたのです。最初はもちろん断りましたが、一度襲撃され、村長のご子息が殺害されたのです。そのときはそれで逃げていったのですが・・・」 「それはそれは。」 「ところで、そこの図体のでかい女は?」 「弟子だよ。」 「かなまきゆえともうします。以後よろしゅう」と言ったとたん、男はひどく怪訝な顔をした。 「何故弟子を?どういうつもりですか、師匠!」 「あなたも弟子なんですか。兄弟子ってことになりますかね。」かなまきはそう言って見たが、「黙れ!」と返された。 「・・・・・・・・・・・とにかく、盗賊は何時来るといって消えた?」 「今宵でございます。」と、村長と見受ける男の隣に座っていた女が言った。 「よし!松野、かなまき、今宵に備えよ。血祭りにあげてくれようぞ。」不思議と嬉しそうに、レンシュンは叫んだのであった。そうしている間も、松野と呼ばれたその兄弟子はかなまきを睨んでいた。 レンシュンは村人に何かを教えたり、罠のようなものをしかけたりと村を走り回っていた。 松野という弟子はずっと素振りをしており、かなまきは何をしてよいかも分からず、村長の家で出された茶を飲むだけだった。 「アタシは何をすれば良いのか・・・」ふと口からもれた。 「ついてきなさい」いつものごとく、唐突に返事が返ってきた。 ついてくと、そこは村を出てすぐの山の中腹だった。そこにはたいまつが十数本、長い木の棒にくくりつけられているものがいくつもあった。 「合図があったらこれをあたかも人が沢山いるように動かすのだ。」 「して、何のために?」 「盗賊退治に決まってるでしょ。」 「はぁ。」 しかしかなまきはどうも納得がいかない。何故、あそこまでの殺気を持ったレンシュンがこんなけち臭い策を弄して盗賊ごときに立ち向かうのか。「二度目の合図があったら、攻めかかりなさい。」「はい。」 盗賊退治なんぞ、こんな時代劇のヒーローのやること、剣術のお稽古を想像していたかなまきは、少々戸惑ったが、村のためだと思い、ここで合図を待つことにした。 隣の山や村のはずれでも、なにやらこそこそとやっているようだった。みな、レンシュンの策であろう。 そして、日が暮れた。 すると向こうから下品な人の声がしてくる。それも二、三人ではない。それが盗賊であろうと、すぐ分かった。今いる山を通り過ぎて村に向かったようだが、まだ合図はない。このままでは村が危ない、と思ったときである。ジュ!という音とともに、ロケット花火のような狼煙が上がった。薄暗い中でも不思議とよく見えた。「やるぞ!」かなまきが掛け声かけると、周りの村人たちがたいまつのついた木を持って動き始めた。向こうの山でも同じようなことをしている。そうか、と思った。盗賊を追い込むのだ。後ろから軍勢が追って来たと思った盗賊は、急いで村に入った。篭城する気であったのだろう。だが、家々の戸はすべて堅く閉ざされている。押し込もうにも時間がかかる。と、そのとき、二度目の合図があった。「かかれ!」村人たちは農具を持ち、かなまきも抜刀し、急いで山を駆け下りる。ふと村のほうへ目をやると、家々のかげには数人が弓矢を持って待っていたようだった。威嚇の意味もこめ、鏑矢でも使っているのだろうか、大きな風を切る音がした。一人が倒れたのがはっきりと見え、もう一人くらいがうずくまったように見えた。山を下りきると、向こうの山から来た村人たちと合流した。どうやらそちらを指揮していたのは例の「松野」らしい。村にはいると、たいまつの明かりで盗賊たちの青ざめた顔がよく見えた。軍勢ではないが、何人もの村人が農具を振りかざして襲ってきたのだ。まして暗がりから矢を射掛けられた後だ。だが、かなまきは「斬るな」とも伝えられていた。村は四方を山に囲まれている。さっきまでいた山の下の道を除いては、道というほどの道がない山間の村だ。あせった盗賊たちは、村人に村のはずれの洞窟まで追い込まれた。かなまきと松野の隊は洞窟の入り口を囲んだ。叫び声や、「助けてくれ!」などの声が聞こえる。どこからともなく、レンシュンが現れる。刀を指している姿は始めてみる。「頭はいるか!」と大声を出した。それと思われる男がよろけながら出てきた。太ももには折れた矢が刺さっている。「コッチへ来なさい」頭と、もう一人が出てきた。「なぜ、この村を襲おうと・・・」と切り出したとき、もう一人の男が刀を抜いてレンシュンに斬りかかった。「エイジャシ!」レンシュンの叫び声が静かな村に響き渡った。ゴトっという嫌な音がした。男の首が落ちた音だった。そこに居合わせたものたちに戦慄がはしった。情けない声を出して、頭と思われる男は洞窟の中へ逃げ込んだ。他の者たちも洞窟へ逃げこみ、「命だけは、お助けください。二度とこんな真似はいたしません。」などと口々に叫ぶ。無表情のレンシュンは洞窟の入り口まで進み、中に油のようなものを撒き散らした。盗賊たちは死人のような顔をしている。「命は奪わないよ。だから、がんばって出てきなさい。」そういって火をつけると、洞窟の奥のほうまで赤々と照らされた。だが、中にいる哀れな人々の顔は青いままであった。そしてすぐに大きな石を転がしてきて、炎に包まれた入り口を塞いだのである。敵は盗賊とはいえ、目の前で起こったことを、みな信じられなかった。剣の達人が盗賊退治に来るというので、片っ端からばったばったと斬り捨てるような戦いを想像する者も多かったが、まさか、ここまで残酷な戦いになるとは思っても見なかった。最初の村長の屋敷へ戻った。食事が出されたが、レンシュン本人以外は誰も手を付けようとしない。「き、今日は、何人くらい討ち取ったのですか?」嫌な空気を破ろうと、松野が言った。「敵は十九名。村人の矢で二名、斬殺一名。敵の手負いは頭一人。こちらは一人転んですり傷を負ったほか、損害無しです!」かなまきが答えた。会話は続かなかった。寝る前に、師に言った。「何も、あんな殺し方を・・・」「それが戦じゃ。」「戦うのではなく、勝負すればよかったではありませんか。」「剣で勝つには、どうすれば良いと思う。」「相手を斬る。」「違う。抜かなければ良い。抜いたら勝て。斬れ。しかし、抜かなければ負けないし勝たない。敵が負けるように仕向ければ良い。」「あれはただの人殺しです。剣にもなりません。騙しただけです!」「剣には、人を殺す剣と人を活かす剣がある。今日の剣はどちらであったか。それは人を活かしたのだ。村人たちを。生と死は背中合わせだ。今日は、自分を活かすため、一人の首を刎ねた。だが、村人を活かすため、私は自分の剣を殺して敵を殺したのだ。今日は確かに人殺しであったが、それで人は活きた。奴らを殺したが、私は自分の剣も殺した。それだけさ。」「ならば、剣は人殺しの道具だと。」「違う。私一人が剣を抜いていたらば、その隙に姑息な奴らは村を襲うだろう。死ななくてもよい人が死ぬ。それは人を殺す剣。私が剣を抜いたらば私は生きるが盗賊と村人を殺していた。」「一人で全員斬れないですか?」「無理だ。どんなに鋭い刀をもってしても川の流れを止めることは出来ない。しかし、鋭い刀で割ることが出来る木や石で川の水をせき止められる。何が強く、何が弱いか、それはその時々によるものだ。」「はい。なんとなく、分かったような気がいたします」かなまきは床に就いた。師の言うことはもっともであった。だが、純粋に剣をふるって人を斬る道を志すかなまきは、どこか納得できないのであった。また、松野について聞き忘れたことも悔やんでいた。翌日、狭い洞窟で空気を失った盗賊たちは、見るも無残な姿で出てきた。第一章 初めての戦い 終