テーマ:小説書きさん!!(610)
カテゴリ:創作メモ
**主要登場人物 他** 頼元・五条殿・外記・少納言→五条(清原)頼元 宮→懐良親王【後醍醐天皇皇子】 御息所→懐良親王母【二条為道女】 少将→御息所付きの女房名 良氏→五条(清原)良氏【頼元の息】 大塔宮→護良親王【後醍醐天皇皇子:宮の兄】 足利の左馬頭→足利直義 先帝→後醍醐天皇 小龍丸→少将の姉の孤児 <物語の前に:蛇足> 時は室町初期。 鎌倉幕府の内部分裂の隙に乗じて、建武の新政を提唱し、都に王朝の昔を復活させることを夢見た後醍醐天皇だったが、その政策の限界を足利尊氏に見定められ立場は逆転。 ついに皇位を追われ、叡山から吉野へ移るといった政変がおこったころ。 都にはすでに、後醍醐天皇の力は及ばず、足利体制が敷かれつつあった。 後醍醐天皇は、一旦勢力をそがれたものの、多くの皇子を各地に分けて、足利体制に不満を持つ武士をして、都を包囲するべく時を待っていたが、知力体力を兼ね備えた大塔宮(護良親王)が北陸で足利直義に討ち取られ、またも挫折。 しかし、それでも諦めない後醍醐天皇の倒幕の思いは、まだ幼い懐良親王に向けられたのである。 雲煙の宮 出京の条(その一) 文箱が間に合って良かった。 頼元はできあがったばかりの黒漆の輝きを、大切に眺めた。紐の色も房の姿も申し分ない。布で押し拭うと、輝きはさらに増して、自分の顔まで映っている。 都の名のある職人に無理を言って急がせた文箱。何処に出しても不満のない細工に、頼元はほれぼれとした。これを新しく作るために、父が頼元の元服の祝いに、先帝の御息所から拝領したという一振りの名刀を手放したのだった。父が亡くなってからは譲りを乞う人にも謝って、その刀を我が父の代わりにと大切に守ってきたのだが、これだけの文箱を誂える力は、もう今の頼元にはなかったのである。 鏡のように思えて、もう一度眺めると、そっと傷つかないように蓋を開け、一枚の宣をしまった。 いつもなら手順めいてぞんざいになりがちな包み紙も、ことさら慎重に丁寧に扱ってしまう。震える手指が他人のそれのようで、頼元は自分で自分に苦笑した。 この歳になると、昔のことが今以上に美しく感じられる。 思い返すことが、罪なのか、謝罪なのか、頼元には判断が付かなかった。 ただ、こうなってしまっては、自分自身の進む道をはっきりと決めなければならないのだという自覚だけはある。 先帝の御代にあって、活気づいた生き方をしていた頃。 毎日のように繰り解く宣旨を前にして、忙しい中にも張りのある暮らし。 磨き上げられた殿上も、蔵人所の喧噪も、立て込む車や牛馬の姿も。 あの時は、それが果てしなく続く道だと思っていたのに。 そう考えようとした頼元の胸の奥で、もう一人の頼元が呟いた。 「誠か、それは。 浅はかな夢であるとは、わかっていたはずであろうに」 けれど、その声さえも頼元は耳に入れなかった。 気づいている自分を、捻り潰して跡形もなくしたかった。もしそれが、これから先の身の振り方にとって、許されないことであっても。 毎日のように辿る道も、今日は何かしら違う気がして、踏みしめるように慈しむように足に響く感触を確かめてゆく。 秋の風が頼元の頬を過ぎた。ほんの少し前はこのような風の薫りにまで、気を向けられるほど余裕もなかったのに、今では一つ一つのことを覚えておけるほど、頼元にとって今の一瞬は大切に感じた。 ふと顔をあげると、ほこりっぽい道のあちらこちらに、不浄のものがちらばっている。しかしそれをかたづけようとする者もいない。 どうしてこうなったのか。 頼元は、それ考えようとしたけれど、すぐに頭からその思いを掻き消させた。 今更何を思っても、取り返しはつかないのだろうと思う反面、なんとかして旧事に還る道を模索せねばならない自分の立場を痛いほど虚しく思ってしまうからだった。 宮の門前にはいつもの門番二人が、くだらない話に夢中になっているらしく、頼元には気づいていない。数々舞い飛ぶ噂、それをいち早く知り、いち早く伝え、今起きていることを知り尽くしていなければ、すぐに時に追い越されてしまう。こんな宮の門番さえもそれを肌で知っているから、自分の身の振り方に一所懸命になる。 敢えて門を通らずに、頼元は手前の築地の崩れからわざと邸内に入った。 宮の御所ともあろうものが、誰にも見とがめられず入れることに、頼元はいつも不如意さを募らせていたけれど、今日はそれがありがたかった。 邸内も荒れていた。 御息所が移られてから、恩顧を願う人影もまばらになり、知らぬ間に捨て去られてしまったかのようだ。縁故の二条家の旧臣だけが、日参してはすぐ帰路に立つ。 南面に水を湛えたあの池の風情も、山々を取り入れた庭の木々の趣も、ああ美しやと眺めたのを、昔のこととせねばならない事が頼元には辛かった。 趣ある姿とは言い難い、はえのびた雑草をかき分けるように母屋に向かうと、幼い嬌声が微かに風にのって流れてくる。その一瞬だけが、頼元の心を解いた。 「あ、少納言。来た」 その声が歌を詠じているかのように聞こえる。 宮はそういうと、蝶のようにひらりと袖を返して駆けだし、岩陰に隠れた。 庭にたててある大岩は、昔御息所が都の名高い邸から献上されたものとかいうもの。あちらこちらにたててあるので、幼い宮が背を隠すのには十分すぎる。 頼元はその姿をちらと見て、にこやかに笑った。 お付きで遊んでいる二つ上の小龍丸の頭を撫でて、 「今日はもうすこしお相手していいから」というとほほえんで、宮が姿を隠している岩の所を指さした。 頼元が参ると、常に母屋に引き据えられて、日がな一日漢籍との睨みあいになるのに、今日は一体どうしたことかと怪訝そうに顔を曇らせたが、小龍丸とて遊びに夢中になっているらしく、師匠の許しを得たと、岩陰めがけて駆けだしていった。 小龍丸は二つ上といいながら、背格好は宮によく似ていて、知恵付きはさすがに年上だけあって、宮の子供子供した幼さよりは少し抜けている。漢籍を習わしても、宮より早く覚え、しかも控え目にしている姿が、頼元には一層好ましく見えた。 二人のじゃれ合うような姿を後に、頼元は母屋の庇の所に几帳を立てかけ、その中に入っている女房の少将の側に参った。 「宮も遊び疲れておられましょう」 冗談のようにそういいかけると、少将も軽く笑って答えた。 「今日は朝からあのように。もう、手がつけられなくて。 五条殿が来てくださるおかげで、やっと大人しくなっていただけるのですよ」 そういうと、静かに几帳のほころびから顔を微かに見せた。この人の横顔にも、疲れた色が浮かんでいた。 >>2へ続く お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.03.22 22:08:59
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