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玉藻

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2006.06.01
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カテゴリ:創作メモ
雲煙の宮


**主要登場人物 他**

頼元・五条殿・外記・少納言→五条(清原)頼元
宮→懐良親王【後醍醐天皇皇子】

御息所→懐良親王母【二条為道女】
少将→御息所付きの女房名
良氏→五条(清原)良氏【頼元の息】

大塔宮→護良親王【後醍醐天皇皇子:宮の兄】
足利の左馬頭→足利直義
先帝→後醍醐天皇

小龍丸→少将の姉の孤児


<物語の前に:蛇足>
時は室町初期。
鎌倉幕府の内部分裂の隙に乗じて、建武の新政を提唱し、都に王朝の昔を復活させることを夢見た後醍醐天皇だったが、その政策の限界を足利尊氏に見定められ立場は逆転。
ついに皇位を追われ、叡山から吉野へ移るといった政変がおこったころ。

都にはすでに、後醍醐天皇の力は及ばず、足利体制が敷かれつつあった。
後醍醐天皇は、一旦勢力をそがれたものの、多くの皇子を各地に分けて、足利体制に不満を持つ武士をして、都を包囲するべく時を待っていたが、知力体力を兼ね備えた大塔宮(護良親王)が北陸で足利直義に討ち取られ、またも挫折。
しかし、それでも諦めない後醍醐天皇の倒幕の思いは、まだ幼い懐良親王に向けられたのである。



雲煙の宮

出京の条(その五)


 東雲の空が、大きく翻っていく。
 頼元は浅い眠りから、難なく覚めた。そして、先帝のおわす叡山の方を見やった。
 夜の闇が薄くなっていく。遠くたなびく雲が流れている。風が強いのか、見る間に姿を変えていく。この空の静けさが、痛いほど身にしみて、手早く装束を直すと両の掌で顔を包んでみた。
 この日が来るとわかっていれば、もっと違った生き方ができたのに。一瞬でも安らかな御世を見守っていた立場の自分の力なさが、自責の念となって頼元を苦しめる。だからこそ、このつかみ所のない役に立とうと決断したのだから。
 この世の先が見えている人など誰もいないと、頼元は自分に言い聞かせてみた。
 気が付けば出立の時刻も迫っている。昨日までのような、のんびりとした暮らしには戻れないのだ。頼元はいつもの癖で、大きく息を吸い込んで、動悸をおさえた。
 魔に憑かれた夜の向こうにあった宮の夜具が、今は全く違った物に見える。相変わらず小さな背をくるんで、こぢんまりとした安らかな固まりに見えた。
「宮、お目覚めなさいませ。」
 ぐっすりと眠っている宮の足元を、頼元は軽く叩いて宮を起こした。
 宮はその声に促されるように、小さくうめいて、身体を起こし、夜具を少し引きのけて何度も目をしばたかせた。ぼんやりとした夢の中から、ようやく醒めたとき、
「行幸なるか。」と幼い声を頼元にかけ、純真でまっすぐな目で見つめ返した。
 頼元はその言葉と視線に、何も申し上げられなかった。多分、先帝のおわす叡山か、御息所のおられる御所に移られるとでも思っておられるのだろうと、頼元は思い何も答えず、縦に首を振るだけしかできなかったのである。
 傍の小龍丸がそっと宮に近づいて、何やら言葉を申し上げているを無言で見ていた。宮は小さく頷くと、夜具から滑り出て湯を浴びに参られる様子で、その後に付いていく小龍丸に重なって姿が見えなくなるまで、頼元はじっと見守った。
「早、お支度なさいましたか。」
 下座の方で、几帳を隔て少将が声を掛けたのには、正直驚いて肝つぶれた。
 いつの間に。
 そう思い、声のした方を見やると、少将もまた頼元をじっと見つめている。この人がこのように、間近に人との対面を許すことは、まれにしかない。
 存知の上か。お知らせが参っているか。
 心のどこかで、この人との対面もこれが限りであろうと思えるだけに、感慨深い。できるだけ不安な心を悟られぬように、平静を装って少将に向かうと、さすがに間近に男の姿を寄せるのは憚られたのであろう、少し几帳を直す少将の袖口が見える。
「はい、これから参ると。」
 もし宮のように、先帝の許に参ると思っているならそれでもいい。そう思わせておいた方が良かろうと、頼元は言葉を選んでそういいかけてみた。
「長旅になりましょう。
 私はお供の数でしょうか。」

 ああ、この人は知っているのか。

 頼元は悲しげに顔を曇らせた。長年宮の傍に暮らし、生まれてこの方生母の御息所よりも親しく仕えていただけに、公家達や武士団の多くの来客の相手にもなっている。世の移り変わりに関しても、女房の身とはいえ薄々は心得ているに違いない。
「お遣い、参られましたか。御息所からでも。」
「いいえ。御息所さまのところからも、誰も参ってはおりません。ただ、五条殿のお振る舞いが、いつもとは違うので。
 それに、何時かこういう事があるとは、覚悟しておりましたから。」
 その声に、どうしようもない深い悲しみがあふれていた。頼元も少なからず気取られることはあろうが、このような忠義の少将に見破られるなら、それも仕方ないことだろうと諦めていたことだった。宮を秘密裏に連れ出すことになれば、誰よりもいち早くその異変に気が付く女房だったから。
 だからこそ、今更口止めしても、時は間近に迫っているし、詮無いこと。頼元の他にも、お供として一族がすぐ参ることになっているし、手勢が少ないまま出立することになっていることを、少将に告げても悲しむだけだろうから、このことに関しては何も言い返せなかった。対面して生々しくお供の数ということまで言い出す以上、宮が苦しい旅に出てしまう理由を、話することもないと、それだけが頼元の心を軽くした。
「貴方では難しい旅です。多分、長の別れになるでしょう。
 しかし、こうこうでと申し上げる事もなかったのに、よくおわかりに。私も努めて平静にしていたつもりだったのですが。」
「ええ、五条殿は何もお変わりではありませんでしたよ。
 けれど、宮様を一日遊ばせてくださいましたから。
 これから、都でゆっくりと遊ぶことなど、できないからでしょう。これが納めというお気持ち、伝わりました。」
 そういうと、少将は几帳を少し押しのけて、身体を半分頼元に見せ、大きく俯した。
「今までは私がお世話申し上げて参りましたが、これからは五条殿にお願いいたします。
 どうか、宮を。」
 そこまでは気丈に言えた少将も、声を詰まらせて後がでてこない。
 小刻みに震える背が不憫で、頼元はそっと少将の側に近寄ると緩やかに抱いた。女と男であるけれど、そこには兄妹のようなふれあいしかなかった。小柄な少将の背にあった見えない今までの重い荷物が、ほどかれていくのが見えた。
「ご覚悟なさいませよ。」
 しかし憐憫の情があったとしても、気休めの言葉はいらないはずだと、頼元は苦渋の心のままにそう囁いた。先帝の寵愛を得て、宮をお生みになられた御息所にさえも、今は暇乞いをせずにこの都を去る。それこそ誰にも気づかれずに、足利の軍勢が覆い尽くすこの都を離れるのは、至難の業であろうから。




>>6へ続く

>>







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Last updated  2006.06.08 00:36:29
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