205520 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

こんな世界のはしっこで・・・

こんな世界のはしっこで・・・

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Recent Posts

Calendar

Category

Comments

Ad.Y&W@ Re:本当の自分の心(09/01) そうですね。例え一時的に比較的良好な関…
匿名@ 本当の自分の心 嫌いな奴とは結局はうまくいかないよ。お…
Ad.Y&W@ Re:後悔してないさ♪(10/03) ぱおら☆さん まあ、遊びなんだし、余計な…

Profile

Ad.Y&W

Ad.Y&W

Free Space

設定されていません。
Jan 6, 2007
XML
カテゴリ:ネット・サイト
文章から人格を読む人・読まない人suVeneのあれさま】
(情報元:はてなブックマーク - 旅に出ようか(zoniaのブックマーク)さま)

私もどちらかといえば、「何が書いてあるか」の度合いが強いと思う。特に,
そのブログに触れ始めたばかりだったりだと、記事の内容だけにしか意識がいかないみたいだ。

最も、常連のように通うブログの中には「誰が」の部分を意識して読みにいく所もある。ある程度一つのブログを読み続けていくうちに、その興味の範囲が記事から人へと移っていくのだろうか。


となると、どこかで「記事」から「人」へと興味が移っていくきっかけみたいなものがあると思うのだけど、そのタイミングがよくわかっていない。

例えば、共感した記事や、何かむっとしたなど、感情的な何かが自分の心に残るような記事に出会ったりすると、書いた人の方にも興味が沸いたりするとか…。なんかしっくりこない気がする。


もしくは、一つのブログを読み続けていくうちに、書いている人の人物像のようなものを作っていくのかもしれない。だとすると、最初はその人物像を作るピースが少なすぎて、具体的になイメージにまで落とし込めないから、書いた人の方まで興味がいかないが、読んだ記事から受ける印象を積み重ねていくうちにその書き手の具体的なイメージが想像できるようになる…ということなのだろうか。

なんとなくこっちのほうが私にはしっくりくるな。現実で会った誰かの印象が決まっていく感覚に近い気がするからかもしれないな。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Jan 22, 2007 11:51:55 PM
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.
X