|
テーマ:小学生ママの日記(28696)
カテゴリ:子供にまつわるあれこれ
金曜日の夕方、遠足から帰ってきた花子は
「お母さん、担任のS先生がよその学校の教頭先生になるんだって…うわーーーん」 と泣き出した。 学校からもらってきたお手紙を見ると、確かに花子の担任の先生に教育委員会から人事異動の発令があり、そのことについて説明会を行うと趣旨のものであった。 花子の話では、遠足に出発する前にクラスの子供が集められて、そこで担任の先生自身から 「実は以前からお話があったのだが、みんなと3月まで一緒にいるつもりでずっと断ってきた。でも、よその学校の教頭先生が病気で休職することが決まったので、どうしても行かなければなかなくなった。みんなの先生でいられるのは今日が最後になってしまった。」 というようなお話があり、遠足の最後にはクラスの会長をしている子が先生への挨拶をしたが、途中で泣き出してしまい、クラスの大半の子も泣き出したり、必死にこらえていたりという状況だったそうだ。 説明会でも、花子に聞いたこととほぼ同じ内容の説明がされた。 ただ、遠足の朝に子供達に報告し、その日が最後になってしまったことは、校長先生も担任の先生自身も、かなり悔やんでおられた。 そして何度も頭を下げて、終始謝ってばかりおられる校長と担任の姿は、気の毒なほどであった。 教育委員会からはもっと前からお話があったらしいのだが、とにかくこの学年が終わるまではと断り続けたため、シビレを切らした教育委員会が絶対命令的に発令した、というような形になってしまったらしい。 経緯を聞くと仕方ないことのようにも思えるが、現場で子供達に慕われている先生を、むりやり学年の途中で引き剥がすように子供達から取り上げるような教育行政には、非情な感じを受けなくもなかった。 実のところ、私自身は花子の担任にそんなに特別な感じは持っていなかった。 ものすごく古いタイプの先生(その先生と話をしていると、自分の小学校時代を思い出してしまうような、昭和のニオイの先生)で、口うるさくて、声が大きくて、けっこう理不尽な事もごり押ししてしまうようなイメージだったのだ。 だから、いくらあまりにも急な事とは言え、花子が先生を惜しんで泣いたことに少々驚いた。 しかし少しずつ話を聞いていると、その先生は確かに口うるさくて、細かいことにも厳しく、怒ると恐ろしく恐いが、それは「悪いことは必ず叱って、絶対に正義を貫いてくれる」という安心感につながっていたことが分かった。 だから、問題行動の多い児童の複数いる今のクラスも、大きな問題を起こすことなくきちんと運営されていた、ということらしい。 学習面でもかなり厳しかったようだが、それに少しずつ慣れていくと、子供達にとってはそれが自信につながっていたようだ。 親の目で見た先生像よりも、子供達は自分の五感できちんと先生の人間性を嗅ぎ分け、親よりもずっと鋭く先生を見極めていたと言うことだろうか。 子供達は優しい先生のクラスで甘やかされることなど、のぞんでいなかった。 クラスの中にきちんとした正義があり、安心して毎日学校へ行けるという基本。 悪いことをしたら怒られて、頑張ったら褒められるという当たり前のこと。 そういったごく常識的なことを、子供の反発や親の批判を恐れずに、責任を持ってやってみせる事ができる、頼もしい先生を子供達は望んでいた。 本当は、厳しく教育され力強く指導されることを、子供達は望んでいたのだ。 このことは、非常に大切で重大なことなのだが、どの大人も分かっているようで、実は理解できていないのではないかという気がして、とても不安になった。 親も、教育に関わる行政も、教育の現場である学校も、もう一度子供達のことを本当に考えてやらなければいけないと痛感した出来事だった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年10月15日 23時16分05秒
[子供にまつわるあれこれ] カテゴリの最新記事
|