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テーマ:生き方上手(688)
カテゴリ:世の中のあれこれ
私がこの世で一番面白いと思う人は、落語家の桂米朝さんだ。
私の憧れの人である。 この人を見ていると、人を笑わせる話芸と言うのは、技だけではダメで、もともとの人間が心底面白いことが大事なのだなぁとつくづく思う。 人間国宝であり、上方落語の首領と言える存在の人である。 もう20年以上前になるが、米朝さんと梅田のカッパ横丁の古本屋街で何度かすれ違ったことがある。 いつもさらりとしたお洒落で、背広にループタイなんかをしておられることが多かったように思う。 ずっと後に、資料文献魔で有名な司馬遼太郎をして「米朝さん(の資料研究の熱心さ)はすごい」と言わしめるほど、たくさんの資料や古い文献を研究されていると知った。 古本屋街で見かけたあの時も、なにか古い落語の文献やなにかを探しておられたのかなぁと思っている。 もしかしたら、若いお母さんたちは米朝さんを知らない人も多いかもしれない。 でも、もしも小さい子供をお持ちならば「じごくのそうべえ」シリーズの絵本は知っているという人が多いのではないだろうか。 あの「じごくのそうべえ」の原作は、『地獄八景亡者戯』(じごくはっけいもうじゃのたわむれ)という上方の落語にある。 そして、長く埋もれてしまって誰も演じなかったこの落語を復活させたのが桂米朝、その人なのである。 絵本に寄せて、米朝さんはこう書かれている。 「むかしは、地獄極楽のおはなしは老人が孫に説いてきかせたものでしたが、今日では、もはや断絶…という状態ですね。 えんまが舌を抜いたり、三途の川や針の山の知識が消滅してしまったら落語もやりにくくなります。この絵本がその穴埋めをしてくれたら…と念願している次第です。」 今は、なんでも映像で見せる時代になってしまって、映像で見せられないものは世の中に不要であるかのように扱われるようになってしまった。 科学的に証明されないものは意味が無いかのように、教育の場から消し去られてしまう。 だから子供達は「見たこともない恐怖」を想像することができない。 また、地獄極楽のような題材を扱うことは、なんとなく倫理観や宗教観を表に出すようで、タブー視されているようなフシもある。 (「このことがこの国を滅ぼすかもしれない」と、先日、moeuhanenatuさんの日記のコメントにも書かせていただいた。) しかし、本当にこれで良いのだろうか。 「愛国心」と一言言えば、それは戦争につながるとか、 「極楽」と言えば、それは仏教徒以外の宗教に通じないから、一種の差別だとか、 「道徳」と言えば、それは人によって価値観が違うからうかつに教えられないとか、 そういった「責任問題になったらややこしいようなことはみんな蓋をしてしまえ」という、大人たちの浅はかでずぼらな考えが、子供達に大切なことを教えるチャンスを奪っているのではないかと言う気がしてならない。 「地獄八景亡者戯」の中には、死んだ人たちが自分の罪を軽くしてもらうために、念仏を買いに行くシーンがある。 そのシーンには、実に様々な宗教、宗旨が登場する。 どの信仰に対しても同じスタンスで、実におおらかに語られる。 みなそれぞれ、自分の信仰する念仏を買い求めて閻魔さんのところへ行くのである。 今の教育に足りないものが、ここに一つあった。 それは倫理や宗教や道徳を『おおらかな心で』説いて聞かせることだ。 小さい子供に「いけないことはいけない」と教える際、閻魔さんや地獄の存在は非常にありがたい。 それを「小さい子供にそんなウソを言って怖がらせるなんて!」という狭い心で受け取ってはだめなのだ。 子供の心に残った地獄や閻魔さんの怖さは、成長するにつれて人間の良心の種に育つのだから。 悪いことをしようとしたとき、誰も見ていなくても、自分の心の中にいる閻魔さんが見ているのだ。 それを日本人は良心として大切にしてきたのではなかったか。 「責任問題がややこしいこと」を、日本人は極端に嫌うようになった。 責任を取ることが、まるで貧乏くじを引くことのように思っている。 だから、だれもややこしいことを口にしたがらない。 それはまるで、交通事故のとき「自分が悪くても、先に謝ったら負けだから絶対に謝っちゃダメ」と、小ずるい知恵をつけられた人々のようだ。 日本の古典の中には、子供の心に必要な知識をきちんと植えつける工夫がある。 落語や昔話のように、本来、日本人の生活のすぐそばにあったものを、もう一度見直してみたいと思う。 あの頃、カッパ横丁で出会った米朝さんのように、いま子供を育てている私たちも、失われてしまった大切なものを、古いものの中に探しに出かけなければいけないのではないだろうか。 たぶん、つづく。 (次回は子供の自殺と「地蔵和讃」について書きたいと思っている。) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006年11月15日 16時11分28秒
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