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「遺体ホテルは、必要か?」 2021-11-26 (はんぺん)
それを恐れて、なるべく(現実)を観ないようにしている・・・それが、現代文明を謳歌する我々現代人の(現実)なのだ・・・
なんとも解(げ)しがたいのではあるが・・・・それだけ人間は、自然な流れ(結果)の(死)を拒否し、(生)に執着するものなのか・・・
古希を過ぎて、ますます(死)について考えることが多くなった。団塊の世代も、まもなく後期高齢者(75歳以上)に突入することになる。(人生総括)を開始して、遅すぎることは無い・・・と言えるだろう。
死生観については、いろんな書が出されていて、興味深い。現代人にあって、いかなる死生観が期待されるのだろうか? 64歳で、胃がんで亡くなったオヤジは、宗教心を強く持ち合わせる人間では無かったが、死を前にした数か月、熱心に(写経)に打ち込んでいた。
観念論の世界に生き続けた多くの日本人(世界人)と同じように、極楽浄土の死後の世界を期待して・・・というか、(死)そのものを恐れて、ひたすら宗教(写経)に縋り付くことになったようだ・・・周りも、そのことを黙認するしかなかった・・・
その生い立ちや環境が、その人間の価値観に大いなる影響を与えうる・・・というのは、常識だ。オヤジが育った環境と、僕たちが育った環境とは、明らかに異なっており、現代社会は、様々な価値観が入り乱れているのが、現実だ。
宗教(観念論)が、はびこる一方、現実に見合った唯物論的な考えも、存在して・・・・墓地無用論、葬儀無用論、葬送方法の多様化(散骨など)も、今後、さらに広まっていくことは、間違いないだろう。
突然亡くなることも有るが、あらかじめ病名なども知らされ、その治療中に亡くなることも増えた結果、(その時)に備えた(終活)の可能性も、我々の前に開かれてきた。
(終活)の結果、遺された遺族の混乱なども多少、緩和されることになる。良いことだ。
以前、(墓地の拡張=墓地変更許可申請)の業務に関わったことがある。墓地、葬儀場、火葬場などは、「墓地、埋葬等に関する法律」(埋葬法、S53年)で、決められている。
市町村自治体では、周辺住民とのトラブルを回避する観点から、計画場所から300メートル以内の全ての町会の(承諾書)を得ることが求められていて、我々は、地元の(墓地共同管理委員会)と相談しながら、(地元対策!?)を行ったことがある。
墓地の設立や拡張は、周辺住民の、(雰囲気が悪くなる、環境が悪化する、地価が下がる)などの個別的利益が強調され、行き詰まることが多い・・・ 清掃工場、汚物処理場、騒音工場などと同じように歓迎されないモノで、住民意識(エゴ?)の強い自治体では、大規模な住民運動が度々起こってきた。
利用者が右肩上がりの(遺体ホテル)・・・(埋葬法3条)では、「死体(もしくは妊娠7か月以上の胎児)は、死後(または死産後)24時間以内は、火葬(および土葬)してはならない」と決められていて、全ての火葬は、原則、死後24時間以後に実施されることになるが、その間の(遺体安置用のホテル)の事である。
これも、墓地の新設や拡張などと同じように、周辺住民の、(雰囲気が悪くなる、環境が悪化する、地価が下がる)などの個別的利益が強調される結果、反対運動の標的にさらされているようだ。
僕の隣の市では、以前、長きにわたり(清掃工場新設)が行政側から提起され、様々な(住民運動潰し)が展開されてきた経緯がある。貧弱な自治体が、背伸びして大きな(箱もの)を作ることの是非であり、公害対策も含めた疑問点が提起され、市政は大混乱した。
結果として、財政力豊かな大阪市の清掃工場に委託することになり、一件落着したが、不要な用地買収などに多額の税金をつぎ込むなどの(負の費用)は、市民のツケに回されることになった。(この時「自前の清掃工場」を推進したのが、⦅明るい革新市政⦆を掲げる日本共産党と公明党だったが、市税のムダ遣いについての彼らの弁解・弁明を、僕も市民も聞いたことがなかった・・・)
(個人利益追求)は、ともかく、(死生観に関わる反対運動)を説得するのは、なかなか難しい・・・とは僕も思う。人の価値観は、そう簡単には変えられないからだ。 しかし、時代が進み、ますます非科学的なものの見方が、後景に退いていく中で、やがては、状況も変わるのではないか?
この(遺体ホテル)も、ニーズがある限り・・・というか、火葬場の新設が困難な中、待機しなければならない(ご遺体)は、増えることはあっても減ることは無いという現状の中では、どこかで次々と(住民の理解を得る中で)限界を突破して、新設されていくのではないか❓と思われる。
皆さんは、どう思われるか? (はんぺん) ―――――――――――――――――――――――――――――― 「遺体ホテル」への反対運動 経営者が語った〝至極まっとうな反論〟 死体を歓迎しない「究極の自己否定」 2021-11-26 withnews もし、自分の家の隣に「遺体ホテル」が作られると聞いたらどうしますか? 各地で起きる反対運動の根底には何があるのか。 評論家で著述家の真鍋厚さんは、死体を嫌がることは「究極の自己否定」だと説きます。日常から見えなくなった死体の存在。そんな中で進むいびつな多様性の実態について、真鍋さんにつづってもらいました。
地元民への〝至極まっとうな反論〟 死体、遺体、亡骸(なきがら)……様々な言葉によって表される「亡くなった人」たち。わたしたちと同様、身体はあるが、生きてはいない。具体的には、呼吸がなく、心臓が動いておらず、瞳孔が光に反応しない状態を指す。
医師が判定するまでは「死亡」とはならないが、便宜上はそれが「亡くなった」ことを物語る。言うまでもなくわたしたちも遅かれ早かれそこへ仲間入りを果たすことが確実なわけだが、その事実から極力目を背けてあたかも死のない世界を築こうとするかに見える人々もいる。
つまり死体を積極的に差別することによってである。日常生活から死体そのものを排除して、死を想起させる物的な証拠を消し去るのだ。
近年、遺体安置施設の建設をめぐって各地で反対運動が起こっている。
例えば、神奈川県川崎市のある遺体ホテルでは、建設前に開いた地元民への説明会で、「こういう施設が近所に存在すること自体、気持ち悪い」などという意見が飛び出した。
皮肉な話ではあるが、それに対する経営者の反論は至極まっとうであった。 「法的には何の問題もありません。よく考えてください。人はみんな死ぬんですよ。みなさんもこういう施設を必要とする時が来るかもしれない」(「死者のホテル」が繁盛する時代/2016年11月2日/日経ビジネス)。
少ない火葬場の待機期間を支える役割 遺体ホテルとは、遺体安置を専用とする施設のことで、葬式や火葬までの間預けておくことが主な目的だ。
日本における年間の死亡者数は現在約137万人(人口動態統計/厚生労働省)ほどだが、今後右肩上がりとなり2030年には年間160万人を超える「多死社会」が訪れるとされる。
そのような状況下で遺体ホテルは、ただでさえ少ない火葬場の待機期間や簡便な葬送を支える役割を担いつつあるが、少なくない人々は〝NIMBY〟(ニンビー、Not In My Back Yardの略語で「施設の必要性は理解できるが、家の近くでは止めてくれ」)という立場を隠さない。
けれども、そもそもの根本的な問題は、ニンビーという感覚以前に、死体がグロテスクな存在として観念されていることにある。そう、死体を「人」だとは思っていないのだ。
<死体はこの国では、もっとも差別された存在である。それを救っていたのは、宗教儀礼である。だから、ホトケなのである。聖と賤とは、まさに裏腹である。だから、時代が変われば、死体ほど差別されるものはない。(略)死者が変に重要視されるのは、それを特殊なものとして、タブーを置くからである。いまや必要なのは、ほかでもない、死体の「人間」宣言である。それを、ふつうの人として、扱ってあげればいいではないか。(略)死者に必要なことは、ふつうの人としての単純な取り扱いである。>――養老孟司『日本人の身体観の歴史』法藏館
これは解剖学者の養老孟司がかつて述べた日本における死体の取り扱いに対する異議申し立てである(以上『日本人の身体観の歴史』法藏館)。
養老は「死体は歴然とした身体である。しかし、多くの人は、それを身体とは見なさない」と指摘する。
「それは死体であって、『生きている身体』とははっきり別物なのである。『生きている身体』が、死という瞬間を境にして、突然異次元に移動する。そんな馬鹿な話はないが、世の中がしばしば、その種の馬鹿な話でできていることは、よくご存じのとおりである」(同上)……。
亡くなった途端、よそよそしくなる家族 葬儀会社の人からよく聞く話だが、身内の遺体に触れたがらない人々が増えている。衛生観念云々ではなく、単純にどう扱ってよいかが分からないのだそうだ。
臨終までは手を握って嗚咽していたのに、亡くなった途端、妙によそよそしくなることも多いという。ある葬儀会社の重役は、「生きている人が動かなくなった時点で『ご遺体』という別のものになる、と感じているようだ」と推察した。
それもこれも死を生活空間から遠ざけ過ぎた結果といえる。この場合、消費者意識は、市場に「汚れ仕事」と称されるものを請け負わせる性格上、進んで死にまつわる物事を素早くクレンジングする行為に加担する。
近代化に伴う産業化は、良くも悪くもわたしたちが「ただの生物」であることを目撃する機会を限りなくゼロにする方向に仕向けるのだ。これは先進各国で顕著な傾向といえる。
葬送のアウトソーシング アメリカで話題書となった『ある葬儀屋の告白』(鈴木晶訳、飛鳥新社)を著した祖父の代から続く葬儀屋の後継ぎであるキャレブ・ワイルドは、日本と同じく地域社会が行っていた葬送が市場にすべてアウトソーシングされるとともに、人々ができれば関わりたくない他者の死(それは自分にとっても死が人生の終着点であることを突き付けるからだが)から距離を置く傾向に拍車を掛けたとした。
だが、以前は「亡くなった人」の世話を通じて自分自身の死を受容する気構えが形作られていったとする。
「死者の世話をすればするほど、死そのものが怖くなくなる。死者に近づけば近づくほど、自分が死ぬという運命を受け入れやすくなる。ごく最近まで、人々はいまよりもずっと死に近いところにいた。
現在、死のネガティブな物語があまりに強くなっているために、私たちはそれを克服することはできない」(同書)と述べた。
その上でワイルドは、ごく稀ではあるがと前置きしつつ、葬儀のプロセスに積極的に関わった家族の例を挙げ、多少なりとも克服できる可能性に含みを残した。
「自分たちが死ぬとは夢にも思っていない」 しかしながら、ワイルドの事例は死者とその周囲の人々の絆、要するにどのような関係性であったかに大きく依存している面がある。
今や専門家以外が他者の死の現場に立ち会うことは親密性の指標であるともいえ、それらの経験による実存的な危機を経た人格の陶冶はさらなる高みにある。
言い換えれば、社会を構成する人々の多くが他者の死に接する機会がほとんどない場合、当然ながら死者のための空間の重要性は軽んじられ、死者は実質的にその居場所を与えられることはない。死者は単に余所者となる。
一般論としての死は知識として屈託なく語られ、相続や医療費などお金の問題としても耳目を集めるが、「自分たちが死ぬとは夢にも思っていない」からだ。
先の遺体安置施設の反対運動に戻れば、自分は死なないと思っているからこそ遺体ホテルが「気持ち悪い」ものに映るのであり、養老的に言えば、死体が「別物」に見えるからこそホラー映画に出てくるグロテスクな物体のようにしか思えないのだ。
「あってはならないもの」になる死体 美術評論家の布施英利は、1990年代に『死体を探せ! バーチャル・リアリティ時代の死体』(法蔵館)という挑発的なタイトルの本を書いたが、それは「自然の産物」であるはずの人間の死が見えなくなることへの焦燥感からであった。
当時も現在も誤解されやすいのだが、布施の主張は、死体を「公衆の面前にさらせ」という意味ではない。死んだ人間を「異常なものとして取り扱うな」ということだ。
死んだ人間は「グロ」でも「猟奇」でもない。さっきまで生きていた普通の人間である。しかし、わたしたちの社会は、往々にして死ぬと同時に「人間ではないもの」にカテゴライズしてしまうのである。
しかも、そのような認識上の操作について無自覚であることが事態を余計にややこしくする。 今や「亡くなった人」は誰かの目に触れることが過剰に忌避される以上に、ますますわたしたちの生活空間において「あってはならないもの」になっている。
「亡くなった人」を歓迎しない世界 多様性やダイバーシティが叫ばれて久しいが、わたしたちが承認している多様性の実態とは、不吉な兆候として忌避される対象をあらかじめ消し去った上での多様性であるのが実態だ。共存することへの嫌悪感などといった感情の絶対化に基づき環境を美化した上での多様性に過ぎない。
ホームレスが休憩しにくいよう設計されたベンチのようなものを「敵対的アーキテクチャ」と呼ぶが、経済学者のノリーナ・ハーツは、「それは、コミュニティーが生まれることを妨げ、誰が歓迎され、誰が歓迎されていないかを明確に物語る都市計画を反映している」(『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』藤原朝子訳、ダイヤモンド社)とする。
誰もが死を迎えるにもかかわらず「亡くなった人」を歓迎しない世界というわけであり、この場合、多様性という概念は、すでにそこから除外されたものが何であるかを意識させない、制限された枠組みであることに気付かせない目隠しとして機能するのだ。
だが、わたしたちが死者となったとき、気味悪がられ、追い出される側になるのはわたしたち自身なのである。これは生物としての自分自身を徹底的に冒涜して安堵する究極の自己否定といえるかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.12.10 22:42:53
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