カテゴリ:反戦平和
「お気楽な平和主義」で、日本は見捨てられるだろう。自衛の気概無くして、本当の防衛はありえない・・・絵に描いた餅を眺めて自滅するか?? 2022-8-1 はんぺん 「すでに日本の敗色が濃厚な時期で、かくも凄(せい)惨(さん)な無差別爆撃が本当に必要だったのか甚だ疑問である。」(本文)・・・・・なかなか、そうとも言えないと僕は思う。 ヒロシマ、ナガサキの原爆は、敗戦必死の日本に投下する必要は無かった・・・・という、日本側の(言い分)が、しばしば散見されるが、どうだろうか・・・??
沖縄の地上戦は、本土決戦にむけての(時間稼ぎ)だったという・・・ヒロヒトが管轄する日本帝国陸海軍は、あれだけの敗戦を重ねながらも、自らの責任回避のため、敗戦を認めず、全く展望のない本土決戦を準備していたのだ。
非人道的な無差別爆撃や 2度の原爆投下、ソ連の参戦が、無ければ、本土決戦によって、もっと多くの日米両国の死傷者が出たであろうことは、明白な現実だった!!
非戦闘員をも巻き込んだ(総力戦)に血道を挙げたのは、ヒロヒトの日本帝国陸海軍だったのだから、今さら、(非人道的)などという非難は、する方が恥ずかしくないか??
そう、あの時点では、敗戦を認めず(本土決戦)に持ち込もうとしたヒロヒトの日本に対して、米軍は、戦争を終わらせるために、あらゆる手段をとるべきだったのだから、無差別爆撃も、原爆投下も、間違ってはいない・・・違うだろうか?
もし、本土決戦になった時のことを想像すれば、答えは明らかだろう。全国各地で、非戦闘員(女子供・老人)も巻き込んだ「バンザイ突撃」が、繰り返されて、もっと多くのの日本人(米兵も)が殺されていたのだから・・・違うだろうか?
そんな簡単な想像力も無しで、(空襲の悲惨さ)(原爆投下)を訴えても、真実が見えてこないのではないか??
原爆投下に関しては、戦後の米ソ冷戦を見据えた原爆開発競争が背景にあるとか、いろいろと、知らされているが、僕たちが考えるべきは、ヒロヒトの日本帝国陸海が、素直に敗戦を認めず、先延ばしにした(=戦争犯罪)により、原爆投下に至った側面を最も注目すべきだろう。
(参照:以前、僕のブログで) 原爆投下の責任は、天皇ヒロヒトだったことを忘れるな!! https://plaza.rakuten.co.jp/hannpenn/diary/202108070001/
「先の大戦をめぐっては、敗者による戦争犯罪に焦点が当てられがちだが、戦勝国の犯した蛮行も忘れてはならない。」(本文)・・・・・その通りだ!!! 「東京裁判」や「ニュールンベルグ裁判」は、(勝者による勝者のための裁判)とよく言われるが、これも、考えてみれば、当たり前のことだ。 戦争後の(裁き)が、そもそも、公明正大であるハズがない。都合の悪い事柄は、裁かれず、無視されるのが普通のことだ。 しかし、戦争の(真実)は、あらゆる取り組みの中で、究明されることは必要で、・・・人間歴史の隠された事実を少なくするべく、努力が求められている。
「日本政府と国民は、目の前にある危機を直視し、有事と隣り合わせにあるという切迫感を持ち、対策を講じなければならない。」(本文)・・・その通りで、強く強く、僕もそう思う。
そもそも政治家は、国民の生命と財産、国土を守るために、その先頭に立つべきなのに、自分たちが「平和ボケ」してしまったのだから、お話にならない!!
ウクライナ国民の防衛戦争は、歴史的にロシアの脅威・支配を受け続けてきた歴史が背景にあるとはいえ、僕には、国民一丸となっている様は、(崇高)に映ってしまう・・・・これが、日本だったら、どうだろう???
おそらく、抵抗する日本人は、どれぐらいいるのだろうか? 大いに疑問だ。 そんな防衛意識の欠落した、意気地無い日本を、同盟国と言えども助ける気には、ならないのは間違いない。 軟弱国民に手を差し伸べる国など、ありえないのだ。
(平和憲法があるから、日本は安心だ)(第9条があるから、攻められることは無い)という(平和ボケ)は、日本の最大の弱点なのだろうと確信する。それを(扇動)してきた、リベラルたちの(犯罪)には、強く強く、憤りを覚えるのだが・・・・・
皆さんは、どう思われるか? はんぺん ―――――――――――――――――――――――――― 東京大空襲77年 過去の出来事では済まぬ(主張) 2022-3-10 産経新聞 東京大空襲から77年がたった。
昭和20年3月10日の未明、東京の下町一帯は米軍のB29による無差別爆撃を受け、10万超もの人々が犠牲になった。
広島、長崎の原爆忌、沖縄戦終結の日とともに忘れてはならない日である。改めて犠牲者の冥福を祈りたい。
とりわけ今年は、無差別爆撃の罪深さを思わざるを得ない。ウクライナでは、子供を含む多くの民間人がロシア軍による攻撃で亡くなっているからだ。
日本の本土への空襲は昭和19年末ごろから激しくなった。 米軍は当初、軍事施設を狙った精密爆撃を主としたが、20年になると低空からの住宅密集地への無差別爆撃を行うようになった。
当時の米政府は「戦争終結を早めるため」とし、その後、名古屋、大阪など大都市のほか地方都市でも空襲を続けた。すでに日本の敗色が濃厚な時期で、かくも凄(せい)惨(さん)な無差別爆撃が本当に必要だったのか甚だ疑問である。
先の大戦をめぐっては、敗者による戦争犯罪に焦点が当てられがちだが、戦勝国の犯した蛮行も忘れてはならない。惨禍の記憶と記録を、正しく後世に伝えていくことが大事だ。
東京大空襲では、焼(しょう)夷(い)弾によって多くの住居が焼失し、被災者は100万人を超えた。
ウクライナでも、軍事施設だけでなく、集合住宅などの民間施設や原発までもがロシア軍の砲火を浴び、国外に避難した人々はすでに200万人を超えている。
産経新聞にウクライナの女性から寄せられた手記によれば、ロシア軍は避難しようとする住民に砲撃を加え、食料などの救援物資を運ぶボランティアの車両も銃撃を受けているという。
プーチン大統領がどのような口実を作ろうとも、非人道的な殺戮(さつりく)も侵略行為も許されない。無差別爆撃の惨禍を知る日本だからこそ、ロシア指弾の国際世論をリードする責任がある。
日本を取り巻く安全保障環境は不安定の度を増している。ウクライナでは地下鉄の駅などが防空壕(ごう)となった。 戦後の日本では空襲への備えがタブー視され、防空体制の整備を怠ってきた。
日本政府と国民は、目の前にある危機を直視し、有事と隣り合わせにあるという切迫感を持ち、対策を講じなければならない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022.08.01 01:47:29
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