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カテゴリ:自然
『魂の森を行け』・・・3000万本の木を植えた男の物語、を先日読みました。
この本はノンフィクション作家の一志治夫さんが、教育専門誌でインタビュー連載するために月に一人、様々なジャンルのかたたち70名にお会いした中で、とりわけインパクトの強かった宮脇昭先生の生き方をまとめた本で、 私も宮脇先生の生き方と世界で展開させている偉業に魅せられました。 宮脇先生が日本、そして世界で展開させているのが 「土地本来のふるさとの木による、ふるさとの森づくり」です。 国土の67パーセントの森林率を誇る日本も、 その森のほとんどが国の政策で植林された杉や松、檜などによる人口林です。 日本全国の植生調査を行ったところ、もともと日本にあった樹木のほとんどは照葉樹林なのだそうです。 杉や松でもいいのだけれど、人工林というのはもともとその土地の風土にあった樹木を無視して人が植えたものです。 土地本来の樹木による自然林であれば、その生命力によりバランスのとれた生態系が守られるのですが、人の手が入ったものはやはり人の手によって管理していかないと、どんどん荒れてしまう。間引き、枝打ち、下草狩り、それから松食い虫による被害を防ぐために薬をかける・・・。それらの管理ができないために荒れている山が多いそうです。 宮脇先生が提唱しているのが、土地本来のふるさとの木によるふるさとの森づくり。 例えば、人間活動の影響のすべてを止めたら、生き残るのはその土地の風土に適した高木であり、亜高木であり、低木、下草などです。それらは自然の摂理によって、うまく循環していくバランスのとれた森になる。もちろん、人の手による管理は必要のない森です。 でも、自然に任せるには日本では200年から300年かかるし、東南アジアでは、300年から500年かかる。だから、徹底した潜在植生調査をして「わたしは今、自分で植えている」と宮脇先生は言います。先生の作る森は、最初の3年は手入れが必要。 でも、その後は手入れの必要のない立派な森に育っていくのです。 その土地本来の木を植えるから。 自然林の何がいいか・・・ 例えば日本の風土にあった照葉樹木などは、土中に深く真っ直ぐしっかりと根をはるので、土砂崩れなどを起こさない、豊かな水と空気を生む森になるのだそうです。シシラカシなどは下手な鉄骨よりも斜面を保全するそうです。 いっぽう松や杉、檜などは根が浅く、ざるのように根を張るので、雨水の保全機能も水の浄化機能も低く、強風などで倒れやすい。 もうひとつ、本物の森、土地本来の木は火事にも地震にも台風にもびくともしない、というのがあります。 神戸での大震災のときも、火は木のあるところで止まっているものが多くあったそうです。例えば、アラカシという木が裏にあるアパートが小道一本隔てて延焼を免れていたり・・・。 そして鎮守の森では、建物はぺしゃんこになったりしていたものの 木は倒れていなかったそうです。 たとえば、火事のときには火を噴くとさえいわれるタブは長い時間火に耐える力を持っていて、消防車がくるまで、あるいは人が逃げる時間ぐらいはかせげるそうです。これらの木は防災林になるのです。 宮脇さんは日本のみならず、世界ですごいスピードで減少している森を回復させようと自ら現地に赴き(ボルネオやアマゾン、アジアなど)、1200カ所で徹底した植生調査を行い、植林を実践しています。 そしてその原動力の基本になっているのが 「どんなに我々が科学や文化や技術を発展させても、この地球上に生かされている限り、自然の一員であり生態系の中では植物の 寄生虫の立場でしか、人間特有の豊かな知性も感性も、命も守れない」という想いなのかもしれません。 だから何十万と土に住む分解者のダニも、ダンゴムシ、ミミズ、カビや菌類、そして昆虫、鳥、植物、動物、すべてが循環して守られている自然は本当に大事です。 そして、「科学も技術も産業もIT革命も必要だけど、本物の自然、 生き物、命にたいしての尊厳性や自然に対しての畏敬の念が忘れられている。これは非常に危険な状態だ」と言います。 宮脇さんは単なる理屈ではなく、形あるものに結びつけることを常に意識している学者であり、とにかくの現場主義者。どんなところにでも率先して出掛けて行き、世界の環境のために全身全霊をかけて打ち込んでいく強靱な意志力と行動力。小学生から政治家までを動かし、彼らに木を植えたいと想わせる力。それらにとても感銘を受けました。 宮脇さんの言うように、原始生活に戻ろうとは私もとても思わないけれど、様々な生き物と共生しているのだということはいつも意識していたいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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