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カテゴリ:些事
おもしろいですよねー、人間ウォッチング。
角マックで下を見下ろしてアテレコしたり HANDSカフェから下通り入り口を見てツッコミ入れたり パルコ前での待ち合わせにぼーっと周りの人を眺めて空想したり。 この間なんて、30分くらいの空き時間ができたので、 熊本駅のミスドでひとり時間つぶしていたら、 大学生くらいの三人の男の子が 「オレ、女の子の顔見ることできないんだよね」とか話し合ってるんですよ。 うひょーーーーーー! もう、かわいいーーーーーー! でも、 人間ウォッチングって結局、自分の世界なんですよね。 相手にどんなバックボーンがあるとか、 相手がどんなつもりでここにいるとか、 どのような経歴・経験があるとか、 そういう背景は一切無視して 今自分の目に映るものでいろんなことを想像して 楽しむんですよね。 その想像は、耳にしたことのある「一般論」だったり 今までに自分が過去に体験した「自分の経験」だったりに基づいているわけで それって結局… 人間ウォッチングは、他人を見ているようで 実は自分を見ているんだ! ということに、昨日気づきました。 意外な落とし穴だなーって思いました。 最近のむらかみは、人を掘り下げるのが好き。 どうしてその人がそういうものの考え方をしているのか、 その人が今までにどんな経験をして、今に至るのか。 そういう「ひとり」を掘り下げていくことが楽しい。 相手を知ること、に喜びを見出すというか。 自分と人とは違う。 何が違うって、すべてが違うわけですよ。 だからこそ、自分にはない発想とか持っているわけで。 価値観が合わなくても、 相手がなぜそう思っているのかを探ることに興味がでてきた。 この辺は、人間ウォッチングでは絶対に触れることができない。 じゃあ、どうするかって、 そこには「対話」しかないのですよ。 相手と話をしていくことしか、ない。 しかも、相手を知ろうと思ったら 自分をわかってもらおうという努力も不可欠になっていくわけで、 となると、内観も必要になってきて 自分の経験がやっぱり生かされてきて なんというか、まあ、全部大切なわけです(暴論)。 相互理解の努力。 自分がせずして、相手がしてくれるはずがない。 でも一番大変なのは 相手を知るために自分をさらけ出す度胸かもしれませんね。 心を開いていない相手に、心を開く人はいないわけですから。 ←1日1クリック☆ありがとうございます お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007.10.09 23:37:02
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