♪ 西空にジェット機ひかる夕まぐれきみを思(も)ひゆく秋草のみち
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N氏は、11月22日以来二週間ぶりにドルシネア姫に会いに行った。毎週月曜日と決めていたものが3回目は3日遅れ、先週は行けずに一週間もの間が空いた。
15kmほどのセミロング・ウォークだが、腰痛対策という目的が一つ増えている。
大腰筋と腹横筋・腹斜筋を鍛えるのが理想なんだが、彼は言ってる割にはそんなに熱心ではない。ちょっとやってみたりするが直ぐに忘れる。
それでも腰痛を防ぎたいという思いは強く、ストレッチなら出来ると思って、脹脛とアキレスけん、腿裏のストレッチを少しばかりやってから出掛けて行った。
歩く姿勢も大事で、真っ直ぐの姿勢で腰から出す感じで踏み出し、膝が曲がらないように体重を乗せて歩く。歩くスピードが速すぎるのも良くないらしいが、チンタラ歩くのが嫌いな様でついつい早くなってしまう。
以前、運動不足で腰にピリッとした痛みが出た時など、ジョギングをすると治ってしまったことを思い出した。マッサージ効果があって凝った腰の筋肉がほぐれるためらしかった。それで、上り坂があると久し振りに走って上がったりする。
そんなことに留意しながら歩いていると何だか調子が良さそうな気がしてくる。1時間半の往路を歩き切って、目的地の喫茶店に到着。ドルシネアは4時に出勤してくるのでまだ居ない。
なぜか彼はホット・ココアなんぞを注文している。喫茶店でそんなもの注文したことがないのに、なんの気まぐれか。
ココアを運んで来たママさん(60後半か70歳ぐらい)が「おやつをどうぞ」と言って、いつもの「ワラビモチと牛皮の饅頭のセット」の他に「ウェハースと生クリーム」の入ったグラスを置いた。
「お腹が空いているので、有り難いです。」
「そうですか、それはよかったです。」柔和な笑顔で応えてくれる。
「朝倉から歩いてきたんですよ、ここを目的地にしてね。」
「そうなんですか、ありがとうございます。朝倉の駅は綺麗でいですね。」
「今、イルミネーションが飾ってありますね。」温かみのある人懐こい口調についついのせられる。「ここ(巽が丘駅)はスペースがないので無理ですねぇ。」
「あってもやる人がいませんわ。」
ドルシネアのことなど絶対に口に出せない。どう言っていいやら見当もつかないし、怪しいオッサンと思わせてもいけない。こちら側で思っていることと相手の思い描く世界は全く別のものであって、そこを錯覚するからややこしい事が起こる。ここはグッと抑えて、善人ぶって危害を加えたりするようなものじゃないことを知ってもらわないと。それには焦らず時間をかける事だ。
「どのぐらいかかりました?」
「1時間半ぐらいかな。」
「七曲がりのところを通って来るんですか?」
「ええそこも通ります。色々です。今日は住宅街を抜けて来たんですよ。」
「ややこしいですからねー。」
「前来た時は、あの交番、有りますよねそこで聞いて、地図を見て説明してもらったのに間違えて・・。」
「ああ、あの先にコンビに会出来てねそこから入ると、くねくねしますが道なりに来れるんですよ。」お巡りさんはそのルートをなぜか教えてくれなかったが・・
ふと見ると彼女が丁度出勤して来たところだった。時間を見るとやはり4時だった。首にマフラーを巻いて防寒の完全防備といういで立ちだ。自転車かバイクにでも乗って来るのか。
水が無くなったのでコップをさし上げて合図。水を運んで来た彼女は化粧気がなく前回の時とずいぶん印象が違う。そういえばポニーテールにもせずロングヘアーそのままのストレートだ。そうか、寒いからか。夏は嫌でもひっつめ髪にしたくなるが、冬は逆に首の回りに髪の毛があれば暖かいに違いない。
昔、ロングへア―の女の子の髪を自分の首へ巻いてみたことがあった。その髪には異性のもつ何やら妖しい感触があって、巻いた首にしばらく残っていた。
髪をブロンドに染めてはいるものの素朴な感じは充分に保持していて、素直そうな性格も見て取れる。如何にも育ちのよさそうな雰囲気が目元、口もとに漂っている。ママとの会話でこちらのことは少し分かってもらえたはずで、あえて彼女には話しかけなかった。
それにしても会うたびに印象が違うというのは、これはこれで楽しいものではある。女の魅力の一つかも知れず、フェルメールの絵を見るたびに新しい発見がある、好事家の喜びというような・・。
真っ暗になるのは仕方がないとしても4時半前には店を出ねばならない。カウンターへ行くと奥から「気を付けてお帰り下さい。」とママの声。
「ありがとう! 真っ暗になりますが、大丈夫です。」
ママから彼の事を聞いていたのかどうか分からないが、ドルシネア姫がつり銭を渡しながら笑顔で頷いてくれる。
右頬のほくろがかわいいと思いつつ、彼は、肩に担いだウェストバックの紐を締め、家路へと飛び出していった。
帰着したのが6時前。22,130歩ほど。どうやら腰の痛みも無さそうで、心地のいい疲れが腰から下に滞留している様子。N氏は、以前100キロウォークに憧れている時期があった。
先日のNHKで、癌を患った医者とオーディエンスの番組の中で、サバイバーの女性医師が「琵琶湖100キロウォーク」を28時間かけて完歩したと、自己紹介していた。それを見て、また「100キロウォーク」が頭をもたげてきたようだ。
思い付きで何でもやろうとする悪い癖が抜けず、肉体を酷使するようなことは止めておいた方が身のためだと思うが、どうもなかなか頑固さが邪魔をして許さない。
ま、そのうち忘れちまうだろう。
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