♪ 数独を解いて孤愁に染まる人の真向かいにいる真昼の電車
昨夜からかなりの雨が降り、今朝6時にポリタンクを確認したら当然のように溢れていた。流しに落とす樋に切り替えてやった。
2年生になった孫が、今年から週2回のスイミングのうち1回はスクールバスで行って、ばーばが帰りだけ送ってやることになっている。その日の土曜日、やって来た孫に短い時間だったが、ばーばが数独を勧めた。朝日新聞が毎週土曜日、星一つの易しいのを載せるようになっている。
ちょっと教えると、「自分でやる」と言ってやり始めた。途中経過を覗くと、間違っているので指摘すると、癪に障ったのか消しゴムで全部消してしまった。
一旦、すべてを白紙にした方がいいと判断したのは正しかった。やり直したら、出来た。確認すると完璧。
「きッもち良~い!」
解いた時の喜びはなんとも言えず爽快で征服したという、得も言われぬ快感がある。初めてならなお更だ。それで、出来たのを家に持ち帰った。ママにやらせてみるのかと思ったがそうじゃなく、紙に問題を写してもう一回やるためらしい。「回答はあるからいいでしょう」って、もう快感はやって来ないんだけど・・
「数独」は “独身に限る” と命名したのは、パズル出版社ニコリ社長の鍜治真起さん。このパズルそのものは古い歴史があって、「Number Place」がナンプレとなり、日本国内で2社のパズル雑誌が掲載することになる。ニコリが数独という名を商標登録し、ナンプレと数独の両方が使われるようになった。
アメリカでの「Number Place」はゲーム雑誌のおまけ程度の扱いだったが、日本では2社が難易度や配置を改変してしのぎを削っていった。外国人のパズル愛好家がきっかけとなり、イギリスで「Sudoku」としてブームが起こり、その名前が広がることになる。そこから世界に広まって、「Sudoku」=「数独」と定着していったという。
そこには『ニコリ』の独特な(「ワークマン」によく似た)愛好家参加型の戦略があった。
鍜治氏が立ち上げた『ニコリ』には、後続のパズル専門誌には見られない大きな特徴があった。それは読者参加型ということ。掲載されるパズルのほとんどが読者の投稿作品で、読者からパズルを買い取って掲載するという形になっていた。
旺盛な研究心、探求心を持つ日本のパズルマニアたちは、鍜治氏が紹介した数独にハマり、競うようにして問題を投稿。優れた作家をニコリが社員に抜擢(ばってき)したこともあり、数独は次第に洗練されたものになっていく。ヒントの数字が美しい点対象に配置されるようになったのも、『ニコリ』誌上での進化の一つである。
海外に売り込みを掛け、苦戦続き。だが2004年の年末にロンドンで数独が流行っているという情報をキャッチ。英「タイムズ」紙に初めて掲載されたところからブームに火がついたとの情報を得、売り込んだ人物がたまたま日本の書店で手に入れた数独にハマり、問題を自動生成するプログラムを開発した人物だった。彼は二コル社に敬意を払い、コンタクトを取ってきたことがある人物だった。
英紙ガーディアンに掲載された数独パズル欄(撮影日:2005年5月15日) 時事
英国では全国紙、地方紙のほとんどが数独を掲載していて、朝の通勤でも、今朝の数独解いたか? という文句が挨拶になるくらいだという。王室ネタ以外で、英国人が平和なネタでこんなに盛り上がったのは数独だけだ、なんて声も耳にしている。
朝日新聞もこれに倣ったのかもしれない。土曜日の「Be」紙面に載ったり載らなかったりしていたものを、今ではウィークデーの毎日、社会・総合欄の左上に載せるようになっている。「beパズル」の一部を紹介しておきます。
一応、ルールは
◆太線の中の9マスすべてに1~9の数字を入れる。
◆全体のタテ・ヨコすべてに同じ数字が入ってはいけない
孫は毎週土曜日、これをやるのを楽しみに来るようになるのかな? ほとんどにタテ・ヨコとも3つの数字が入っている。その部分を手掛かりにすればすぐに出来てしまう。一番上の問題は、4つも入っているのがタテ列2か所にある。そこから始めればすぐに出来てしまう。易しいので0.5星でもいいくらいだ。
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* ウクライナ応援の思いを込めて、背景を国旗の色にしています。