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歌 と こころ と 心 の さんぽ

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2022.09.11
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♪ 締切の間際とならん古(いにしえ)のむらさき匂う歌会始

 ずいぶん遅くなりましたが、2022年(令和4年)「歌会始の儀」の入選歌の考察をしてみます。お題は「窓」。30日の締め切りが迫っているこの時期に今更とは思いますが、自分の歌もまだなのでおさらいのつもりで。好調とは言えない脳状態ですが頑張ってみます。(敬称略とさせていただきます)


富山県 西村忠(85)
 剱岳三ノ窓より朝日さし富山平野に田植はじまる
 山稜上の大きな切れ込みの事を越中では「窓」と呼ぶらしい。穂高連邦などではキレットと呼ぶもの。剣岳には「大窓」「小窓」「三ノ窓」があり、三ノ窓には雪渓があって日本の氷河の一つとか。雄大な景を捉えて、その切れ込みの間から朝日が射し平野を照らし始めている。平野には田植え。空間の移動から時の描写へと移り、地球のダイナミズムまでも感じさせる。端的に詠んでいて、二つの名刺が効いて情景がありありと浮かんでくる。


福岡県 高木典子(84)
 海を見るうしろ姿の絵のありて時をり共にそのに立つ
 絵の中に入り込んで、その描かれた人物と一緒になって窓の外を眺めている。劇中劇を見るような客観的視点で自分を眺めている。日常を一瞬離れ、別の世界に行くようでちょっとシュール。過去を彷徨うのか未来に思いを飛ばすのか、読み手を誘ってくる。「時をり」のことばによってリアルさが出ている。


福岡県 田久保節子(81)
 柿わかばきらめくまひるあけて天道虫を風に乗せやる
 短歌の常道、時期と場所と動作を順序良く描きながら、窓からの展開がすばらしい。気持ちのいい初夏。緑色の風に乗って赤いテントウムシ飛んで行く。ア行の多い上の句が明るい雰囲気を醸し出し、響きとリズムが心地いい。色彩も鮮やか。。絵本を見ているようで、情景が駒落としのように展開してゆく。


香川県 藤井哲夫(78)
 出来た子もそれなりの子も働いて働きぬいて今日同窓会
 主題が最後に持ってきたことで歌に奥行きが出た。年齢を重ねて、それぞれが様々な人生を歩んできたこと。子どもの頃の優劣なんて、長い年月の間に比較することすら意味がなくなっている。みんな頑張って生きてきたことが言動に現れていて、暗黙の裡にお互いを認め合っている。「それなりの子」に人柄が現れていて、明るい歌になっている。


東京都 三浦宗美(68)
 夫逝きて十年(ととせ)を過ぎし今もまだのそとには灰皿のある
 愛煙家だったのだろうか。そうでなくとも、煙草には男の匂いが付いて回る。息と口、呼吸そして紫煙。そんなタバコが嫌いではなかった。そうでなければ灰皿は捨てられているでしょう。窓辺で灰皿に目が行き、もう十年も経ったことを思う。灰皿によって歌に重みが出た。歌に流れがあって、時の経過がそれに乗っている感じ。


青森県 高橋圭子(60)
 斜陽館に少しゆがんだ窓ガラス津島修治も見てゐたはずの
 津島修治は太宰治の本名で、「斜陽館」は太宰治記念館で、太宰の生家でもある。明治40年に建てられたものだけに、ガラスは貴重なもの。今では見られないゆがんだガラス。独特の魅力があり、斜陽館の名前と重なって目を惹かれたのでしょう。本名を詠み込むことでおやっと思わせ、「見てゐたはずの」の言いさし表現が、再び頭に戻る効果を生んでいる。高度な表現に感心する。


東京都 川坂浩代(55)
 パソコンの小さき窓にそれぞれの日常ありて会は始まる
 コロナ禍でのリモートワーク。類似の歌は多いでしょうが、一つ画面に分割されて表示されるそれぞれを「小さき窓」と詠んだのがいい。それぞれに別の生活と日常があり、場所も環境も違う別個の存在。時間だけを共通するにして、窓に顔が並んで会が始まる。バーチャルの手軽さと心もとなさが同居している。現在の時代と社会を表していて秀逸。


茨城県 芳山三喜雄(49)
 ベランダに鯉幟ゆれるを指し君は津波の高さ教へる
 鯉のぼりという平和と生命力のシンボルが、津波の大きさを示すというアイロニー。また、鯉が津波の高さほどの滝を登ってゆくという意味にもとれて、力強さも感じることが出来る。日常の中に潜む恐ろしさと鯉のぼりとの対比が、「混乱」を思わせて、印象深い歌となっている。「君」をどう取るかで、意味合いがずいぶん変わって来る。それがいいことなのかどうか。


東京都 伊藤奈々(41)
 を拭く人現れてこの場所がほぼ空だつたことに気が付く
 高層ビルで仕事をしている日々。何気ない風景の中に突然人の姿が現れて空間に遠近感が生まれ、急に生き生きとしてきた。自分が雲が流れる空の中にいるという新鮮な発見。鳥になったような気分でもあり、怖いことでもある。エレベーターに乗ってしまえば気づかない、高層ビルのという異常な空間。その窓を拭く仕事をする人のいることの驚きと、リスペクト。9.11をも思い起こさせる空が、いつまでも頭の中に広がっている。


新潟県 難波來士(16)
 の外見たつて答へはわからない少し心が自由になれる
 試験の答案用紙を前に、難しい問題に対面している。ふと窓を見ると、窓がフィルターとなって答案用紙の呪縛を解いて、どうってことないよと思わせてくれる。三句で切れ、下の句への展開がとてもいい。「少し心が自由になれる」に余裕も感じられる。説明的な言葉を一切使わずに読んでいるところがいい。

 選者 三枝昂之、永田和宏、今野寿美、内藤明


 宮内庁ホームページには佳作の歌も掲載されています。

越しの日射しもなでて探りゐし点字が指に読め始めたり(岡山県武藤孝夫)

★職引きて帰農せし夫は開けて空うかがふを慣ひとなせり(青森県 佐々木冴美)

★一グラムに満たないやうな虫なのに落下の音を窓辺に残す(茨城県 園部啓子)

開けて老いた二人の「鬼は外」少し豆食みひと冬を越す(静岡県 久保田和子)

★それぞれのそれぞれのさやうなら汽車は静かにホームを離れる(石川県 早川晃治)

小窓より入り来る風の心地よさ今日は五月の名もなきいち日(福島県 信太政子)

★西日受くる老人ホームの窓辺には見えぬがきつと母が手を振る(千葉県 西尾敬子)

★君と見るの外には君がゐて君の隣の僕を見てゐる(東京都 田畑秀樹)

★夫が刈る草のにほひに落ちつかず牛の啼くなり無双のに(徳島県 佐藤枝世)

★夕暮れのに小さき影跳ねて微かに聞こゆなはとびの音(東京都久和鏡子)

★鶴舞駅陽をうけ車窓はきららなる数多の傷が光をつかめり(愛知県 甲埜千尋)

★雨続く教室の水滴が一つになつて加速して行く(新潟県 神保ひなた)


 ☆ 2017年 歌会始入選歌の考察
 ☆ 2018年 歌会始入選歌の考察
 ☆ 2019年歌会始入選歌の考察
 ☆ 2020年 入選歌(この年は応募せず、考察もしていない)
 ☆ 2021年(令和3年)「歌会始」入選歌の考察

  * ウクライナ応援の思いを込めて、背景を国旗の色にしています。





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最終更新日  2022.09.19 10:14:42
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◆2006年5月8日よりスタートした「日歌」が千首を超えたのを機に、「游歌」とタイトルを変えて、2009年2月中旬より再スタートしました。
◆2011年1月2日からは、楽歌「TNK31」と改題しました。
◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
◆2016年5月8日より「気まぐれ短歌」と改題しました。
◆2017年10月10日より つれずれにつづる「みそひともじ」と心のさんぽに改題しました。
◆2019年6月6日より 「歌とこころと心のさんぽ」に改題しました。
「ジグソーパズル」 自作短歌百選(2006年5月~2009年2月)

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