♪ ぐりとぐらくるりくらからきたたよりきのこのカレーの
はなしをしましょう
今、たまたま借りてきて読んでいる本が短歌についての随筆集。
大学で本格的に勉強したわけでもなく、師事した先生も持たず何も知らないまま歌を詠んでいることにいささかの後ろめたさもあって、たまにこんな本を借りて読んでみたりしたくなる。
随筆が好きだということもあり、いろんな人が短い文章の中で、心の内を垣間見せてくれるのがいい。
ラインナップを見ると、その世界では一家言持つ著名人ばかり。この年になっていれば名前だけは知っている。それらの人が短歌をどう思っているか、どういう意見を持っているのか、どうしたって興味をそそられる。
のっけから塚本邦雄や藤井貞和話が出て来て、学術的というか専門的な話が進んでいくので、われわれ素人にはちょっと荷が重い感じがしないでもなかった。歌人が中心で小説家や文芸関係者がほとんどなのでもっと違う世界の人が入っているといいのにと思ったりもする。
目次(収録作品)
上田三四二 底荷
塚本邦雄 短歌考幻学
斎藤茂吉 写生 童馬山房夜話282
宮柊二 孤独派宣言
柳田國男 歌占人
藤井貞和 うた、かたり 非言語的空間
寺山修司 個への退行を断ち切る歌稿 一首の消し方
馬場あき子 古く新しき詩語の情念
高野公彦 動詞の数を考へる
大岡信 わが短歌今昔
湯川秀樹 短歌に求めるもの 一九四七年
諏訪優 怖い
仁平勝 松木トメの短歌 リズムのナショナリティ
近藤芳美 内奥・根源
金子兜太 自然の歌
吉本隆明 長塚節
山本健吉 短歌その器を充たすもの 迢空晩年の歌論
福島泰樹 寸秒の碧きひかりの去りたれば 宮沢賢治
中井英夫 三色旗の旗手
正岡子規 再び歌よみに与ふる書
北原白秋 桐の花とカステラ
三島由紀夫 古今集と新古今集
岡井隆 「こゑわざの悲しき」 秘抄覚え書
竹西寛子 遠島のうた
松田修 歌のありか、歌のおきて
言語の様式あるいは定型短詩
谷川俊太郎 七・五肉声の魔
金井美恵子 愛の歌 歌う声・歌う言葉
俵万智 歌が生命をもらうとき
唐木順三 自殺について 一~四
佐佐木幸綱 オノマトペの先進地〈俳句〉 |
内容についてはまだ読み終わっていないし、文章にまとめる時間がいる。“書くと頭に入る” が、読んだだけでは直ぐに右から左に抜けてしまう。この日記ブログも書いて頭に入れるのが目的の一部になっている。後日にその機会を設け、書いておきたいと思うのだが・・。
今日はこの歌人のことばを噛みしめてみようと思う。
玉のような感じで、まろやかに、ふうっと心に入ってくる歌。母音の響きとことばの繫がりのリズム、韻律。情景描写や情景説明をせず、意味性を必要最小限に抑え、ことばの持っているイメージと表現しうとするイメージがうまく融合したような歌ということになるのでしょう。
論理的な意味あいをもとめないかわりに、空中を浮遊することだまとふれあうような心持で詠む、というようなことかな。
「上の句に風景、下の句に心情を詠む」のが一つのパターンとしてあり、その短歌のセオリーを踏まえて、言葉のもつ特徴を韻律にのせて、すっと心に流れ込んでくるような歌を詠む。理屈で分かっても、そう簡単に生まれるものではないでしょう。
斎藤茂吉はこのエッセイの中で、写生に主眼を置くべきだし、幽玄に見えるような歌でもそれは写生があってこそのものだという。自然と人生を対立せしめ、自然に親しんで人生を傍観する、人生に親しんで自然を傍観するのも、「写生」を実行する上の、その時々の態度の差に過ぎない、心構えの差に過ぎないという。平凡にみえる歌でも写生でなければ表現しえないものがあり、それが短歌の短歌たるべき姿だと。
これらの事を念頭に置きながら、秋の風情とこころもようをゆったりとしたリズムで詠んでみる。さまざまな要素を持った秋の日々を、ゆたかにゆっくりと過ごすのに、短歌好きにはたまらない。
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* ウクライナ応援の思いを込めて、背景を国旗の色にしています。