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歌 と こころ と 心 の さんぽ

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2023.02.03
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カテゴリ:残念なこと

♪ 悲しみが重しとなりて胸にあり見過ごし消えた維新派の舞台


 ’11年版のベストエッセイ集に掲載されていた、よしもとばななの「人間はすごいな」(本の表題になっている)は、さすがに文章が秀逸で中身の濃い名エッセイだ。その中に、関西に維新派という劇団があり、そこのトップ女優のひとり「石本由美」さんという人について書いている下りがある。その文章を抜き書きしてみます。

 関西に維新派という劇団がある。
 今はもう少し文化的に暮らしているかもしれないけれど、私が知っていた頃は巨大なセットはもちろん自作で、工事現場と同じ状況、寝泊まりするところも自分たちでさっと一晩くらいで造って、その場で食事を煮炊きして共同生活をしていた。
 いずれにしても彼らは、松本雄吉さんという偉大な才能を持つ座長の感覚世界を完璧に体現するために、かなりハードに練習している、とにかく研ぎすまされた演劇集団だ。
 そこのトップ女優のひとりに石本由美さんという人がいる。
 小さくて、丸くて、ちっとも細くない彼女は、しかしものすごい身体能力の持ち主なのだ。維新派の独特な動きを彼女は体にしっかりとたたきこんでいる。
 昔、マイケル・ジャクソンが「カウントしないのがいいダンサーなんだよ。頭の中でカウントしてると、見ているほうには絶対にわかるんだ」とさらっと言っていたとき、やはりこの人は天才だな、と思ったけれど、石本さんの動きはまさにカウントしてない感じとしかいようがない動きなのだ。
 維新派の動きとセリフはリズムに乗ったとても複雑なものなので、舞台に出ている人たちがみんなとことん練習して体におぼえさせているから、とにかく大前提としてもともと全員のレベルが高い。
 でも、ひとたび石本さんが舞台に出てくると、なぜか他の人たちの欠点が急に見えてきてしまうのである。
 あ、この人は頭が動くと体の軸がぶれてしまうんだな、あ、この子は今数を数えて準備した、この人は右側の動きが大きくなっる、この人は今キレのいい動きをしようと頭で一瞬考えてしまったんだな、そんなふうに。
 なぜかというと、石本さんだけは完璧に「無」なのである。
 動くべきときには一瞬も間違えず動き、止まるべきときは止まろうと考えずに止まり、言葉を発するときは世界にただそれを響かせ、芝居の内容と一体化している。
 だから動きのキレがすごいし、他のなんの情報も喚起しない。
 ただ、そこには松本さんの世界だけが無慈悲なほどに、数学的といえるくらい、完全に表現されるのである。
 石本さんは舞台を降りても異様な存在感があり、立ち姿のどこにも変な力が入っていない。そしてなによりも人をぐうっとひきつける何かを発散している。あまりにその輝きが激しくて、劇団以外の人たちといっしょにいると特に、うまく動けなくなった人間たちの中に美しい獣が一匹だけ混じっているように見える。
 そんな石本さんも、初期にはやはり、いろいろ考えてたり大げさな動きをしていたように思う。今の奇跡の動きは長年の修練から生まれた純粋な結晶なのだ。そしてもしも彼女が死んだら、宇宙からなくなってしまう、はかなく美しいものなのだ。
                   2010年「文學界」新年号

 文章に迷いがなく、言葉に過不足もない完璧なセッセイだと思う。そのためか、この劇団のこと、石本由美さんのことが凄く気になって、自分も一度見てみたくなった。一体どこでどんな活動をしているのか、今でもまだ観られるのだろうか。ネットで調べてみた。

 Wikipediaによると
 維新派(劇団維新派)(げきだん いしんは)はかつて存在した日本の劇団。1970年、松本雄吉(大阪教育大学出身)を中心に日本維新派として旗揚げ。1987年に維新派と改称した。
 劇団員総勢50名ほどが自らの手で1.5〜2ヶ月以上かけ巨大な野外劇場を建設し、公演が終れば自ら解体して撤収するという「scrap&build」の劇団として知られている。また公演時には様々なフードやドリンクを提供する屋台村を併設し、巨大劇場と併せ名物となっている。
 作品は少年少女の青春群像劇を軸に、退廃的でノスタルジックな世界観を構築。会話によって語られることは少なく、セリフのほとんどを単語に解体し5拍子や7拍子のリズムに乗せて大阪弁で語られる独特の劇形態(「ヂャンヂャン☆オペラ」)を持つ。ヂャンヂャン☆オペラの名は大阪下町「新世界」にあるジャンジャン横丁から取ったものである。
 日本以外に海外でも数多くの大規模公演を行っている。大規模公演の新作は基本的に年1回。まれに屋内での公演やプレ公演のような小規模公演を行うこともある。
 2017年10月-11月の台湾・高雄『アマハラ』公演を最終公演として解散した。



著作権の関係で写真を載せることが出来ない。
 
 高度経済成長の全盛期、学生運動で騒然としている1970年に旗揚げされた。私が全国を放浪し、大阪万博会場で資金稼ぎのバイトをしたりしていた時期と重なっている。
 その後の私は自分のことで精いっぱいで周囲のことにまで気が及ばなかった。こんな劇団が生まれたこともその後の活動についても全く耳に入って来なかった。

 残念ながら、2017年に解散してしまっている。座長の松本雄吉氏が、2016年6月18日、食道癌のため69歳で逝去したためだ。

 ビルのような舞台セットが縦横無尽に動いたり、山間のグラウンドをヒマワリ畑に変えたり、波打ち際を丸ごと劇空間にしたりなど、奇抜なアイディアに満ちた舞台。そこに白塗りの俳優たちが、幾何学的に動き回りながら、単語の羅列のような台詞を、変拍子の音楽に乗せてラップのように発語する。1990年頃に完成した、この「ヂャンヂャン☆オペラ」と呼ばれたスタイルが大きな評判となり、大阪で公演が行われるたびに全国から人が集まるようになっていく。2000年以降は、公演にふさわしい場所を探して各地を漂流するスタンスとなり、日本国内はおろか、ドイツやブラジルやオーストラリアなど、計8ヶ国で公演を行っている。


クリックでサイトへ
 これらの多くがDVD化ないしは映像配信されていて、その中で3本だけを選んで紹介されている。


 今になって急に、大事な忘れ物を思い出したかのごとくうろたえている。すでに劇団がないなら、あの石本由美さんはどうしているのか。
 松本雄吉の死後、翌年10月に奈良県「平城宮跡地」で野外劇『アマハラ』を上演。これが47年の活動に終止符を打つ最後の舞台になった。最盛期の現場のまかない飯を30年以上も担当していた石本由美さんはその後、大阪市内のカフェスペースでランチの提供したりしていたらしい。

 年月は5年飛んで、2022年。
 「新進気鋭の7名の劇作家-鏡味富美子/斜田章大(廃墟文藝部)/小林倫子(人魚座)/石丸承暖(しまい倶楽部/優しい劇団)/タチカズナ(群青アパートメント)/カズ祥(劇団あおきりみかん)-が、原作『不思議の国のアリス』を大胆にアレンジし、鹿目由紀(劇団あおきりみかん)が纏め上げる。
 それを国内外問わず多数の舞台演出を手掛ける奇才・天野天街(少年王者舘)が”アマノワールド”へと変換する。天野天街×鹿目由紀×劇作家7名×役者総勢40名で創る唯一無二の舞台」というのがあった。

 なんと、知多市の勤労文化会館でも公演があったらしいのだ。これに劇団維新派より特別出演として「石本由美さん」も参加していた。名前を見つけてビックリしてしまった。演劇は好きで若い頃はときどき観に行っていたが、「不思議の国のアリス」といった世界にはアンテナが向いていない。
 ましてや、最近はそういう世界から遠のいている。劇団「維新派」というものを知ってから、慌てて “走り去った汽車を追いかけている” ようなものだ。

 改めて「維新派」のDVDを観てみようと思う。こんなすごい劇団が47年も続けられていたことがすごい。遅まきながら敬意を表したい。





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最終更新日  2023.02.03 11:50:41
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◆2014年10月23日から「一日一首」と改題しました。
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