♪ 基礎代謝の減って海馬の虚ろなり記憶は過去に紛れゆく日々
最近はよく本を読む。昨日まで読んでいたのは「白洲正子、前登志夫」の共著。対談とお互いを随想している構成になっている。吉野の魅力と桜の話、古典の話、西行の話、魂の話など、吉野の山中に住む前登志夫を訪れた白洲正子との、大家二人による肝胆相照らした出色の語らい。さび付いた頭にワサビを塗りこめられているような、襟を正すべく心持で読んでいた。
難しい、聞いたことのないような話がたくさん出て来るが、こっちは無学な凡人なのだから当然うろうろするばかりだ。それでも、随所に胸をツンと突くものがあって面白かった。
《西行は、数奇という無償の行為に命を賭けていたのである。だから歌によって法を得ることができたので、幽玄だのにかまけて花道を学んだところで、ろくなことはないといいたいのである》という白洲正子のたけ高い文章は、西行の「虚空の如くなる心」の精髄を見事に言いあてておられる、と前登志夫が書く。
正子が西行を「持って生まれた不徹底な人生を生きぬき、その苦しみを歌に詠んではばからなかった」といい、「風の吹くままにいきているような人間像として捉えている。」とも書いている。
「現代に美しいものが生まれにくいのは、誰も彼も己れを表現することに急だからであろう。『分は人なり』というけれども、文ばかりでなく世の中のあらゆるものは黙っていても。自分の姿しか映してはくれない。」白洲正子
青山二郎に「韋駄天お正」と呼ばれていた。
物事を徹底的に突き詰めていく “白洲正子” の審美眼を、その道の多くの大家が証明している、言わずと知れた白眉なる随筆家だ。
1910(明治43)年、東京生れ。実家は薩摩出身の樺山伯爵家。学習院女子部初等科卒業後、渡米。ハートリッジ・スクールを卒業して帰国。翌1929年、白洲次郎と結婚。1964年『能面』で、1972年『かくれ里』で、読売文学賞を受賞。他に『お能の見方』『明恵上人』『近江山河抄』『十一面観音巡礼』『西行』『いまなぜ青山二郎なのか』『白洲正子自伝』など多数の著作がある。
前登志夫の名前は知っているものの、氏の短歌とまともに向き合ったこともないし、著作も読んだことがなかった。もちろん、吉野の山中に住み歌を詠み続けている著名な歌人だということは知っていた。しかし、NHK短歌で目にすることも少なく、その歌に出会う機会はあまり無かった。
「前登志夫」1926年~2008年 奈良県生まれ。歌人、詩人。本名、前 登志晃(まえとしあき)
同志社大学経済学部中退。戦後、故郷吉野を離れて詩人として出発。吉野に帰郷ののちも、民俗学・日本古典に親しむ一方で詩作を続ける。1955(昭30)年、前川佐美雄に入門し短歌に転じる。1956年、詩集『宇宙駅』出版後、 父祖以来の山村生活に定着し、自然を背景とした土俗的な歌をつくる。1964年、歌集『子午線の繭』は大きな評価を受けた。
1965年、『子午線の繭』で第9回現代歌人協会賞候補
1978年、『縄文記』で第12回迢空賞
1988年、『樹下集』で第3回詩歌文学館賞
1992年、『鳥獣蟲魚』で第4回斎藤茂吉短歌文学賞
1998年、『青童子』で第49回読売文学賞
2003年、『流轉』で第26回現代短歌大賞
2004年、『鳥總立』で第46回毎日芸術賞
2005年、全業績により、第61回日本芸術院賞文芸部門、併せて恩賜賞
それで今回の読書本をきっかけに、著作の一つをメルカリで買った。図書館にもあったが、読むのに時間がかかりそうだったので買うことにした。
代表的な歌の数々がネットにアップされてもいるが、単なる歌集ではないところに興味があった。
1 非在の草庵(非在の草庵/死者と眺める ほか)/2 仙に近づく(愚かな番外/仙に近づく ほか)/3 雪にたかぶる(早春の雪の香/山人の挽歌としての花 ほか)/4 居眠り翁(山の稜線を眺めつつ/キツツキの穿った穴の下で ほか)/5 花折りのわれは旅人(ことしの花だよりは/故郷の春の風 ほか)
【前 登志夫】『51選』知っておきたい古典~現代短歌! から抜粋
かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり
暗道くらみちのわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か
おお!かなかな 非在の歌よ、草むらに沈める斧も昨夜(きぞ)の反響
杉山に入りきておもふ半獣のしづけさありて二十年経る
寒の水あかとき飲みてねむりけりとほき湧井の椿咲けるや
銀河系そらのまほらを堕ちつづく夏の雫とわれはなりてむ
ほのぼのとわれ気狂ふや夏草にさびしく汗は噴き出づるかな
山霧のいくたび湧きてかくるらむ大山蓮華おおやまれんげ夢にひらけり
ほのぼのとわれ気狂ふや夏草にさびしく汗は噴き出づるかな
山霧のいくたび湧きてかくるらむ大山蓮華おおやまれんげ夢にひらけり |
本を読んでも最近は記憶に残っていかない。海馬が食欲を無くしてしまい、取り込もうという意識がないようだ。ちょっと情けない状態ではある。
でも、何か一つでも引っかかるものが有ればメモしておくし、読んでいる最中は面白く思っているのでそれはそれで良いかなと。
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