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カテゴリ:八房之記憶
掌編映画「私は悲しみを増殖させる術しか知らない」は、彼女の姿からはじまる。
あれからもう三年の月日が流れた。信じられないことだが、僕はまだ君の手や髪の感触を覚えている。僕に何かをねだる時はいつも甘い声をだし、すぐに腕を組んできたり、後ろから抱きついてくる。僕は眉間に皺を寄せ、ある時はその手を払いのけたりもしたが、それはただ単に恥ずかしかっただけだ。だってそうだろう。男子たるもの、他人に心のうちを読まれるのは、あまり好ましいことではない。 僕はいままで、綺麗な女性を連れていることがステイタスであり、また彼女を着こなすことに喜びを感じていた。しかし君は違う。僕の装飾にはとどまらず、あちこちに出没しては僕のペースを乱す。おかげで僕の評判は見事に下がり、噂話が僕たちを追いまわした。それでも気にならなかったのは、僕がのん気だったからなのか。 たった二ヶ月の関係だったけれども、僕は君に最大限の愛を贈る。僕は永遠に君の名前と共にあり、その物語の一つ一つに君との思い出をつづる。そうして発信された僕たちの物語は、僕たちを知らない人間たちの手に渡り、永遠に生き続ける。 たった二ヶ月のことなのにね。 だから、僕たちの愛は、いまの僕じゃあないし、いまの君じゃあない。 いまの君を僕は知らない。 そんなことを思うたび、僕の悲しみは増殖をはじめる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/10/13 02:15:37 AM
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