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カテゴリ:八房之記憶
早朝からイベントの搬入。会場のセッティング。いよいよ5日間に及ぶイベントの開始だ。昨夜も眠れていない。しかし関係ない。たっていても眠ってしまいそうになる。しかし関係ない。身体を動かし、あちこちに指示し、咽喉が枯れる。昔の仲間たちが、昔話と仕事話をする。僕はそれを聞いている振りをする。頭の中は、図面を広げたまま。時間が来て、四十分かけて一旦家へと戻り、ちょちょっと仕事をして、また四十分かけて会場へと向かう。
夕暮れ時に、車のテールランプが流れていく。いくつもの国道を経由して、大きな道路へと出る。スピードが、どんどん上がっていく。 ふと助手席を見ると、かつての彼女が座っていた。僕は朝から飲み続けている頭痛薬の後遺症だと、理解している。ただでさえ劇薬扱いなのに、既定量の四倍も飲んでいれば、幻覚の一つも見よう。僕は冷静に彼女の顔を見る。 彼女はしずかに笑っている。 僕は、彼女の笑顔に救われる。たしかにそんな時が三年間もの間、ずっと流れていた。 しかし次の瞬間、彼女は、切り刻んだ手首を僕に見せた。 醜い何本もの筋。あんなに吹き出物や化粧方法をいちいち気にしていた癖に、もう一生とれない傷をわざわざつけるなんて。見張り続けた何日もの記憶が蘇る。 そして挙句の果てに僕にみつからないようにと、見えないところまで傷をつける計画性に、もう僕は彼女を理解できないことを感じていた。 彼女の傷は、彼女のものだけではない。僕に深い痛みと、傷を残した。 フロントガラスに、凍てついた僕の顔が映る。 彼女は、そのまま死ぬべきだったのだ。そして僕も死ぬべきだった、と思う。 だが僕たちは、死ぬこともままならず、生きながら死んでいる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/11/03 01:48:18 AM
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