カネミ油症、41年前のレポート からの つづきです。
『背中から腰から、足元まで節々が痛むんです。
吹き出物で体中がぶつぶつになって‥』 と 言いながら、
YYさんは、首や 背中の痛みを 確かめているようだった。
わたしは、水俣病の患者さんに聞いた 言葉を 思い出した。
『正座をしてしびれるのとは 違うんです。 何ていうか、
医者が手術のとき、うすいゴムの手袋をしているでしょ。
そんなふうに、いつもうすい膜でおおわれているようなんです。
はがしたくってもはがれない。 それが全身なんです。
もう、自分の体じゃないみたいですよ』
運動直後に 急死
YYさんたちの場合、人間の体とは相入れない物質が
意志とは全く かかわりなく入り込んで、いつまでも
いすわりつづけている。 この点ではPCBも水銀もおなじだ。
どちらも栄養になると思って食べた
油や魚にまじって体内に入りこんだ。
油になじみやすいPCBにとって、人間の脂肪は
とても居心地がいいにちがいない。 肝臓や 胃や
腎臓などに どんどん 入り込んでいく。
多量のPCBに汚染された鳥の中には、産卵直後に
死ぬものがよくあるという。鳥は、産卵によって、
急激に体力を消耗し、脂肪が使い果たされたため、
PCBは行き場がなくなって、能や内臓などに
一度に入りこむ。そのため、急死するのだ。
人間も同じだ。 被害者の中には、運動して汗を流した
その日の晩から症状が悪化し、数日後に死亡した人がいる。
また、抗生物質が全く効かないというから、油症で
弱っているところに、新たに病原菌が侵入したら
死期が早まることも、充分、考えられる。
YYさんの子どもが聞いてきたように、油症患者が
十年早く死ぬというのも、あるいは本当かもしれない。
YYさんの一番上の娘さんは東京にいる。22歳だが、
最近、准看護婦の資格をとり、こんどは、三年以内に
保健婦の資格をとる‥と、はりきっているそうだ。
この娘さんは上京して以来、長崎で下宿している弟に
毎月、欠かさずに1万5千円ずつ仕送りしている。また、
YYさんが家を新築したときには、10万円を送ってくれた。
『そんなにいいお姉さんがいるんじゃ、弟さんも
勉強に身が入るでしょうね』 と 言うと、この
息子さんもやはり油症にかかっているのだという。
『親には 気づかれたくないようなんですが、春と夏の
休みに帰ってきたとき、カネミの油を食べてるんですね。
検診のとき、いなかったんで、認定されてませんが、
体には、ぶつぶつができているはずです。
体力もなくなってきているようです』
来年の四月には、大学を受けたがっているというが、
親からはなれ、誰ひとり相談するものもなく、
『奇病』 に苦しみながら暮らしているのかもしれない。
高校二年といえば、もっとも人生に悩む年頃であろう。
被害者の中には、学校に行っても、友だちを避け、
吹出物のできた顔を見られないように、教室の隅で
うずくまっていて、便所にいくのも人がいなくなった
休み時間の終り頃をみはからっていくものが多いと聞く。
YYさんが、息子さんたちへの期待を話してくれるのを聞きながら、
少年のあの残酷さの抜けきらない年頃の仲間たちに、
息子さんが手痛い仕打ちを受けることがなければよいが、
受けたとしても乗り切ってくれればよいが、と思うことであった。
けつぺたに トンコブができた
YYさんの家の近くに住む IKさんは、顔としもに
吹出物ができ、髪の毛がはげたうえ、最近では、
『けつぺたにトンコブができている』 そうだ。
好きだった酒を飲むと、むかつくので やめた。
昭和43(1968)年の田植え時、カネミ油を 一斗 買いいれた。
小麦粉でドーナツを たくさん揚げて、近所にもふるまった。
忙しいからドーナツばかりを食べていた。
吹出物やむかつきが、この油のためだとわかったときまで、
約9升の油を食べた。 家族のうち6人が認定された。
末っ子のAちゃんは、未熟児で生まれた。ミルクも牛乳も食事も
あまりとらないというAちゃんの体は小さく、油症のため、色が黒い。
現在、集落内の保育園にかよっている。2~3歳で乳歯が出そろったが、
まもなく、ほとんどの歯がぬけてしまい、今では2本しか残っていない。
起きたばかりで、仕たくのしていないAちゃんを呼びにきた近所の女の子に
IKさんのおくさんは、『餅を持ってきたか』 と 聞いた。
『持ってこない』 と 答える女の子に、
『保母さんが二つ持ってくるように言ったってよ。
取りに行っておいで』 と 言いながら、家に戻らせた。
この女の子の方が一つ年下だというが、Aちゃんの体の方が小さい。
Aちゃんに限らず、油症にかかった子どもたちの中には歯のない子が多い。
乳歯のはえそろうのも遅く、永久歯にはえかわる頃、
カネミ油を食べたものには、乳歯が一本残らず欠けてしまってからも、
なかなか永久歯がはえてこない場合があるのだ。
おまけに偏食の傾向がはげしい。
Aちゃんの姉にあたる小学校4年生のSちゃんも、
今頃になってようやく永久歯がはえてきた。 野菜も魚も嫌う。
以前は、背も高く肥っていたのに、今ではやせて、他の子に
どんどんぬかれている。 顔などもスミを塗ったように黒い。
11人もの子どもを産み、49歳とは思えないほど体格のよい
IKさんのおくさんも、いつも涙や目やにが出ている。
吹出物は、身ぶるいするほどかゆくて、一度、夢中になって
思いっきりかいたら、臭い汁が出て、はれた。
息切れもはげしくなったそうだ。 油症でさえなければ、
野良仕事に出て、十二分に働ける人なのに‥‥。
罪をおかしたのは 誰か?
B浦のほとんどの人が、カソリック教徒だ。
神父さんは教会改築のため、寄付集めに長崎に出かけられて留守だった。
花壇の手入れをしていた中年のおばさんに話しかけた。
この方は、未認定の被害者だった。
『認定されんということは、それだけPCBの量が少ないのでしょ。
認定患者より軽いのだと思って、安心してるんです』 と
陽気にしゃべるおばさんを、わたしたちは、
『いえ、PCBはいつどんな症状であらわれるかわからないから安心できませんよ』
と おどかしてしまった。
事実、玉之浦にただ一軒ある歯科医のKさんも、油症に認定されて、
まもなく亡くなった。しかも、認定では軽症の判定だった。
話の途中、遠くの方で働いていた同年輩の女性が、何を
話しているのかと大声で聞いてきた。 おばさんは‥
『罪を犯したんで、告白してるのよっ』 と 笑いながら答えた。
PCBの混入した油を、美容と健康によい、
このまま毎日 飲んでも効果的だ、と 宣伝して、
大量に販売したカネミ倉庫の加藤三之輔社長より、
はるかに罪が軽いと思われるこの集落の人たちに、
神父さんはいつも何を告白させているのだろうか。
B浦50戸のうち、ほとんどが被害者家族だというのに、
会社を告訴しているのは四家族だけだ。
新聞を購読しているのは神父さんだけだという。
この地域の人たちは、カネミの流した噂を本当に信じている。
『裁判になれば10年も、20年もかかる。
莫大にかかる裁判費用があるのかね‥』 と。
会社に責任ないと認めれば金を支払う へ つづきます。
【カネミ油症のこと】
カネミ油症、41年前のレポート