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2013年02月19日
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カテゴリ:カネミ油症のこと



1_2858.gif


1991年発行の500頁をこえる本です。



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私が就職した当時、一般の人にも参加できる

『公害原論』 自主講座が 週1回 開かれていて

私も参加させていただいていました。



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その15年間のまとめです。



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発行日が11月15日で、21日付けの
宇井 純 さんからのお手紙と共に
贈っていただいた本です。

読み返してみると、宇井さんは 大変な
ご病気をされ、療養中だったとのこと。

今、本の重みを感じながら開いてみました。

家

カネミ油症のことが書いてあったはずと
思ってみましたら、やっぱり ありました。

呉市にお住まいのさんと、北九州市の
矢野トヨ子さんの 講座での証言録です。

かに座

講座では、毎回、テープおこしをして、冊子に
まとめて下さっていた多くの協力者がいました。

そういう方々も、故 宇井 純 さんも、このご本の中から
転載させていただくことを、きっと許して下さると信じて
おふたりのお話を、載せさせていただくことにしました。

本の中では さんのお名前とお住まいも実名ですが
ここでは、仮称にさせていただきました。



家
 


   カネミ油症の患者として  I ・S (1973・5・14)

 

   カネミライスオイルが 呉に

 私、呉の東側に位置しますFという田舎町に住んでおります。ここにどういうわけか、北九州から問題のライスオイルが入ってきたわけなんです。昭和43年の2月に、私どもの家庭まで入ってきたことになっております。本当はどうだかわからないのですが、もっと前から入っていたと思うんですが、何かその方面の調査では、2月から入ったことになっています。そうして10月までの約8ヵ月間、私どもはこのライスオイルを食用しておりました。

 で、まず最初に症状があらわれたのは43年の5月頃だったと思うんですが、ツメが黒ずんできました。家族全部が同時ということではなかったと思うんですが、だいたい前後してそうなったと思います。後になって子どもたちに問いただしても、はっきりと覚えておりませんので、だいたい私を基準に申しますとそういうことになるんです。

 それから8月から9月にかけまして、目ヤニが出て、目が充血する。今、ご覧になってわかるかもしれませんけれど、あのスライドを見ただけで、まぶたが重くはれ上がって目が充血してくるんです。こういう症状がカネミ油を食用としまして、約半年目ぐらいから現れてきました。

 同時に、夏過ぎて9月頃から、首筋にまずニキビ状のものが出始めまして、私は当時40歳ですが、何か回春のきざしが見えたなんて言っていたんですけれども、回春どころかやがて広がってきまして、痛みもおぼえますし何かみっともなくて、外を歩いても首筋のあたりが、くすぐったいような視線を感じるようになったんです。これはニキビじゃないと―ここから話がややこしくなるんですけれども、一応公表されているもんで、後ほど筋を追って話しますけれども―そういうことで、皮膚科をおとずれました。そこで診てもらいましたところ、初めからじゃなくて、何か2~3べん、通ったように思うんですが、ここではじめて油症じゃないかと言われたわけです。

 でも、ここではどうもおかしいんですがね。先生のおっしゃっていることと、僕の記憶と、どうもくい違いがあるんで、よくわかっていただけるかどうかわかりませんが、もう一度、繰り返します。僕の記憶では、9月頃に皮膚科に行ったと思うのです。その時はわからなくて、やがてテレビや新聞の報道で油症という事件を知ったわけなんです。その時、わが家で使っている油が、はたしてカネミライス油であるかは確かめず、その時もいろんな公害問題ありましたし、どんな油を使っているかはわからずに、ただ、当分の間は食用油を使うのは避けようということで、使わないことにしたんです。

 それからまた皮膚科に行ったところ、油症ではないかということだったので、まさか北九州の問題がめぐりめぐって、運悪く、家へくるようになったんだろうかと油を販売店に行って調べてみたわけなんです。ところが、使っている油はカネミのライスオイルだという事実がわかりまして、何だか、ガツンと頭をなぐられたようなショックをうけました。そんなことないだろうと思っていたものが、何か、事実をつきつけられたようになりました。

 それからあけまして、家族を全部連れて行きまして、皮膚科に診てもらったわけです。そしたら、本人自身も気がつかず、僕もあまり注意していなかった症状が、もうその頃、子どもに現われ始めていたわけです。

 そんなこんなで家族全員が油症にかかったことがわかったわけです。当時、私の母親が同居しておりまして、都合、家族が6人おったわけです。私と、亡くなりました家内と、長男、長女、次女、それに私の母親の6人おりました。ところが母親は老齢のため油物を一切、食べなかったのです。そのおかげで難をのがれまして、現在、別居していますけれど、別にそれらしき症状も出ておりませんし、健在なわけです。同時に、国立呉病院に家内が乳ガンで診てもらっておりました関係から、国立病院にも行きまして、病理検査室というのがありまして、そこの桐本という先生に診てもらったわけです。

 その先生が非常に熱心に精密検査をして下さいまして、当時としては雲をつかむような話であったものが、その先生のお話やその他のことで、私どもにもある程度わかるようになったわけです。しかしその段階ですでに、皮膚科のほうから保健所に届け出てもらっていたんですが、問い合わせに行きましても、手紙を出しましても、県の衛生のほうから何の返事もないわけです。当時としましては、私、まったくどうしていいのかわからないし、どこへ訴えていいのかわからない。

   内蔵にも異常

 臨床例がないだけに非常に不安な気持ちに襲われまして、黒い赤ちゃんの話などを聞きますと、ひょっとしたら、という悪い予感といいますか、そんな心配がだんだん現実なものとなってきて、そして、今度は外型的症状もさることながら、内型的症状がだんだん自覚されるようになってきたわけです。もう、立ち居振舞いが非常におっくうになる。その他、下痢症状が続く。そういった症状が出てくるに及びまして、ひょっとしたらこのまま家族全滅してしまうんじゃなかろうか、という不安が襲ってきました。

 過去の森永の例にしましても、イタイイタイ病の例にしましても、行政面で何かこう、頼りなくて、仮に裁判などをやってはいますけれど、十年もそれ以上もかかったりする。それまでに、皆が死んでしまったらどうなるんだ。そんな不安もありまして、そうなるまでに何をどうしたらいいかわからないけれど、とにかく何が何でも、このままではいられないという気持ちと、子どもたちのそういう症状を見ていますと、じっとしていられなくなって、直接、カネミの会社に手紙を出しまして直接交渉を始めたわけなんです。

 僕は、わっと患者が一勢にカネミの会社に手紙を出したり、直接、押しかけたりして、かなり殺到しているものと想像していたわけなんです。しかもそれが、地域的にと言いますか、北九州のほうに集中していましたから、広島県の片隅の田舎のほうから一通や二通の手紙を出したってとても相手にしてもらえない。そう思ったから一通や二通であきらめてはいけない。そういう気持ちから積極的にやらなきゃいけない。

 同時に、この子どもたちの姿を見ていましたら、何ですか、もう言葉では表せませんけど‥。どうしてそうなったか、とにかくもう誰も電灯をつけないんです。会社から帰りましても部屋の中が暗いんです。いないのかなと思ったら、みんなそれぞれあちらの隅、こちらの隅にじっとしている。別に眠っているわけでもないんですけれど、そんな状態を見ているうちに、夜中に突然とび起きて、じっとしておれなくなるわけですねえ。

 そんな気持ちがだんだん、昂じてきまして、日々重なっていって、そして、こうなったら、どうせ死ぬのなら、まあ、死ぬと決まったわけじゃないけど、どうせ死ぬんだったら何かやってやろう、そんな気持ちになったわけです。ほんとは、ひっそり死んだらこれはもうわかりっこないのだから、皇居前かどこかで焼身自殺してやったらわかるだろう。こんなふうに説明しますと、かなりとっぴで突然そうなったように思われるかもしれませんけれど、実はまあ、あとで説明しますけれど、長い間にそんなふうに徐々に昂まっていった気持ちなんですね。

   顔をむしってしまう娘

 ある日、それは昼でしたけれど、休みの日だったかどうか覚えていませんけれど、誰もいないなと思ってふすまを開けました。開けてみたら、ちょうど姿見があるんですね、娘が姿見にむかって座っていて、つまり入っていった私に対しては背中を向けているわけなんです。だから私からみますと、鏡には娘の顔が写っているんです。その鏡に写っている娘の顔を見た瞬間に、私、とっさに、ハサミを連想したんです。なぜハサミを連想したのか、ハサミが凶器につながる、そう連想したのかわからないんですけど‥。

 それがどういうことだったかと申しますと、顔中、血だらけになっているんです。僕は胸をどやされたような感じになって、ビックリして駆け寄ってみたんです。そしたら顔中、血だらけになって、その血が涙といっしょになってこびりついているんですね。

 娘は虚脱状態みたいになって、なんかこう、僕も声をかけにくいような、そんなものを感じて、じっと顔をみてたんですけど、肩ゆすっても返事をしないんですねえ。完全に放心状態っていうんですか、それで後でわかったことなんですけれど、娘は娘なりに、なんとか醜い黒いものを早く取り去ってしまいたいという気持ちから、ヘアーピンだとか爪だとかで、それを一生懸命に出していたんです。子どもだから下手なんでしょうかね。上手、下手の問題ではないのかもしれませんけれど、もうむしりとってしまっているんです。押し出しているんじゃなくて、肉ごとむしりとってしまっているんです。そのために顔中、傷だらけになって‥血だらけになっているわけなんですね。



家


つぎへ つづきます。





【カネミ油症のこと】

カネミ油症、未認定の人たちの会

 







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最終更新日  2013年02月19日 23時11分52秒
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